【しゃうせつ】春うらら | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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「もったいないですわ」
タバコを求めた帰り道のことだった。
ややかすれた、しかしウグイスにも似た声がした。
ウグイスは、私と同年輩と思われるご婦人である。
腰をかがめた背中からは、見えない薄紫の香りが漂っている。
都会育ちの方で、最近このあたりに引っ越してきたのだろう。髪をかき揚げたうなじが白かった。

ご婦人の相手は、日焼けした老人である。 彼は、大きくなってしまった菜の花を、無造作に引き抜いていた。
その裸足になった菜の花が、小高い山を作っている。

ご婦人は、その山に向かって話かけているようにも思えた。


その姿に、だいたいの状況が飲み込めた。また、ここは私の出番だなと思った。

私も老人に話かけた。

「じいさん。これ捨てちゃうの?」

「ああ。こんなでっかくなっちゃ、もう食えねえ」

「いや。まだ先ちょだけなら柔らかいし、うまそう。もったいない」

「そうよね。もったいないわよね」
ウグイスさんが目を開いた。

「じいさん。これ、少しもらっていっていい?」

「はあ?こんなもんは、ヤギかウサギの餌にしかなんねえど」

「いやいや、美味いですよ」

「そうよね。甘くて美味しいわよね」

ウグイスさんが、ひときわ大きくかすれ声をたてた。

「ええ、おひたしにしても、天ぷらにしても美味いですよ」




ということで、いささか筋は立っているが、先ちょの方だけ摘んで脇に抱えた。
じいさんは、嬉しがって礼を言う私を、珍しい動物でも見るような目で見ている。




少し歩き出してから後ろを振り返った。

ウグイスさんが、羽をふりふり青菜を両手に持っている。




少しいいことしたかな?

ちょっとだけ嬉しくなった。