【私論】ヤマトタケル伝説と文化遺産としての地名 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

しま爺の平成夜話+野草生活日記

世間を少しばかり斜めから見てしまうしま爺さんの短編小説や随筆集などなど
★写真をクリックすると、解像度アップした画像になります。

話はガラリ変わりまして、地名の話です。


平成の大合併で、古い地名がずいぶん消えていきました。

その理由はなんとなく想像できますが、悲しいことです。


古い地名というのは、無形文化財です。

だからこそ困る場合があって、合併し名前を変えた可能性も少しあります。


下の図は、ヤマトタケルが活躍していたころ(4~5世紀)の関東地方の地図です。

当時は温暖で海水面の高さは今よりもかなり高かったと思われます。


その傍証となるのが、古事記や伝承に残るヤマトタケル東征に立ち寄った地域の名前などです。


こうした無形文化財が消えていくことは、実に悲しいことです。






この地図には載せていませんが、関東平野のさらに奥地でも、猿島、加波、岩瀬、綾瀬、磯山、市貝、市塙、岩舟、伊勢崎など、かつての海を連想させる地名が残ります。