その6 鷲山教授
我々庶民もそうであるように、教授の中にも堅物といわれる人が存在する。
あるいは融通が利かないともいう。
かたくなに実験を繰り返し、学内派閥やら学外派閥、あるいは自分の地位にはほとんど関心がなく、ただただ実験を繰り返し、その中に真実を追い求めるタイプだ。
そうした人間の喜びは、地位が上がるとか名誉を得るとかではなく、真理に近づくことであった。
そういう意味で、尻の青い研究者とも陰口をたたく者もいた。
この職人型教授は立ち回りが下手だから、天下一品の腕を持っていても窓際で准教授などになっている場合が多い。
鷲山も似たような存在だった。
キメラマウス作成においては、日本で鷲山の右に出るものはない。
ただし、あまりに朴訥で研究以外に興味がない。
役人さんからのお誘いの飲み会にも、なかなか顔を出さない。
鷲山は、かつては和光生化研のユニットリーダーをしていたものの、現在は地方大学の研究室に移動となっている。
しかし、鷲山が地方に移動になったのは、単にその堅物さだけではなかった。
その移動の裏には、三十路前にも拘らず海千山千の投球をしていた緒方の存在があった。
海外で働いたことがある人ならお分かりいただけるだろうが、世の中にはハニートラップというものがある。
あるいは、ハニー小説による噂から人物破壊をする方法もある。
嘘も百回繰り返せば事実になるという現実も多い。
そうした知識や技術は、学生時代に積田の遺伝子工学研究室で十分に培っている。
緒方には、それに密接に関連した稀代の才能があった。
鷲山はこの一連の事件の中で、自ら生を絶った酒々井に次いで、家族を含めて大きな犠牲を払った人物かもしれない。
鷲山も人形である緒方も、この一連の騒動の表の主演女優・助演男優ではあるが、結局プロローグもエピローグも全く理解していない連中であるようだ。