なぜ小沢さんが韓国でかような演説をし絶賛され、今回のような名誉博士授与の話となったのか。
これを考えるには、今からおよそ2000年ちかく前。百済以前の馬韓時代やタンラ国のあったあたりまで遡らなくてはならないだろう。
馬韓やタンラの人たちは、昔から大陸や同じ半島にいる別民族にとっても、気が荒く厄介な存在と見なされてきた過去がある。
特に、変質した儒教の制約により、一層それは悲惨さを極め、つい半世紀前、つまり戦後に日本へ大量逃亡・密入国につながっていく。
こうした日本への密入国者やその子の中には、経済的には大変な成功をおさめた方々もいる。
が、それはほんの一握りだ。
現在日本にすむ逃亡者の三世や四世の子どもたちのかなりは、そんな半世紀昔の自分の祖父母、曾祖父母のことさえ知らずに、日本に無理やり連れて来られたのだという話を信じてしまっているのだろう。
それゆえ、純粋な気持ちで祖国を愛してもいるのだろう。
そんな孫たちの姿を、逃げてきた先祖様たちは表現できぬ思いを持って見ているに違いない。
本貫という、いまだに自分を縛っている明確な差別にさえ気付いていないのだろう。
いや、一部の本貫層は、それに気付かれないために、反日教育を進めなければならない。
中国には自由選挙がないとか、日本には二世議員が多いとか言っている半島を称える人の中にも、こうしたことを知らない人もいるかも知れない。
日本は最低だとか、最悪だとかいうことを、本気で思っている人たちがいたなら、それは私には理解できない人たちである。
ただ、こうした過去を知っているがゆえに、そうした過去を否定せざるを得ない立場の人もいるだろう。
つらいだろうなと思う。
また、不幸だなとも感じている。
朝日新聞の社員の中にも、似たような人がいるに違いない。