【実話風小説】赤南瓜脱出 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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父は、首都ペノペノンに近いタバラオー県の知事をしていたの。
ええ、もちろんロマンス語は昔からできましたわ。メイドが作る料理も、半分はロマンス料理でしたし。
そう。小学3年生の時だったわ。
昼間なのに、父が真っ青な顔をして帰ってきた。はっきり覚えてる。
でも、そこからしばらく記憶が飛んでしまってるの。
覚えているのは、父が持ち出した宝石や金細工が、船に乗る前にほとんどなくなっていたことくらい。
だって、父はその日、鞄にありったけの宝石とか入れたはずなのね。あたしも、足首や腰に真珠とか金とか巻かされたわ。

でも、港に着いた時は、腕時計さえなくなっていた。それは覚えているの。



ええ、船底はすごく暑かった。妹はまだ乳飲み子だったの。だから、ずっと泣きっぱなし。でも、一時はその泣き声さえ出ない日もあったわ。


ええ、そうよ。
あの子。
あたしと違って美人でしょ。
もう、高校生。ずいぶん大人っぽく見えてしまうのは、この国で育ったせいかしら。


いいえ。
母は、その前のことは詳しくは何にも話してくれないわ。私も、なぜかその前のことはほとんど忘れちゃった。 でも、クリスマスパーティーにはたくさんのロマンス人も来て、いっぱいケーキを食べたのは覚えてるわ。


ええ、父は黙々と料理してるだけ。あっちのことは何も言わないの。


変でしょ。
昔は30人くらいメイドがいて、厨房にさえ入ったことのない父が、今は1日中厨房に入ったきりなの。

えっ?
あっ、それはね。大使館員と船長のロマンス人が、父の知り合いだったの。

それから、こっちへ来てからは、母の宝石も役立ったわ。

えっ?
そう。身に付けていた宝石は、母のも港に着く前になくなってしまったわ。

でも、ほら。女には、見えない鞄があるの。
分かるでしょ。
それは、母が教えてくれたの。だって、わたしもそうしたから。


ファン・フォン。この国ではベアトリスと名を変えた私と同年のマダミーは、えくぼをつくりいたずらっぽくウィンクをした。


しかし、その瞳の奥には、限りなく深いグレーの海が広がっいることを、私は見逃さなかった。



ナガバミズアオイ
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