★占いシリーズ 10 “占いとうらない” | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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さて、このシリーズもおわりに近づいてきました。

私のエセ占い研究者の名前も消しました。

さて、占いの歴史を振り返ってみましょう。

原始の占いは、まだ獣の能力を残していた者がなった可能性が高いということでした。

次に出てきた古典的な占いは、経験や知識、洞察力などを駆使するものでした。
さらに、つい最近生まれた占いは、コンピュータが情報収集から分析まで行うため、人の能力や知識はほとんど関係がないというものでした。



いずれにせよ、古典的な占い以降は、個人の占い(分析)はできても、ほとんどの場合、その検証はなされませんし、仮になされたとしても、大多数は主観的なものが多く、他人には分からない、つまり客観性のないものでした。
(原始から古典的占いの初期は、占いの正否が占い師の生命をも左右した可能性あり)

また、理論的に破綻している占いも山ほどあります。
が、ここではその詳細は割愛いたします(多分、営業妨害になります)。
なぜなら、その全く理論的でもなく自己矛盾している作業で、日々腹を満たしている方々も少なからずいらっしゃるからです。

あえて、その類の方々の職場を奪うつもりはありません。
ただし、あまりに悪どいもの、弱みに付け込んだり、脅迫のネタにするのは許し難いですがね。
リーズナブルな値段で、単に相談者の安堵を与えてだけいるなら、また相談者も自ら騙されたい、あるいは寄付をしたいなら、それはそれでいいかも知れません。






うらないの話に進みましょう。

うらないとは、表向きは顔だの手だのの相を見ながら、実はそれはごくわずかしか参考にしないような、表裏相反するものではありません。

つまり、裏がないという意味がひとつ。

また、それを金儲けには使わない、つまり売らないという意味でもあります。


同時に、ほとんどの人が理解できるものを目標とするものです。



例えば、肩こりに悩む人に対して、あなたの背中に霊が取りついているからだという客観的にはなんら証明や根拠のない説明ではなく、首の骨がヘルニアを起こしているからだとか説明するようなものです。










早い話が、科学というものを使うということです。



残念なのは、最近のテレビニュースという名前の宣伝に見られるように、かなり???のつく話を科学的な根拠があるような話にしてしまう娯楽番組があることです。



子どもの頃の私などは世間知らずでしたから、ニュースというのは事実を伝える番組と勘違いしていました。



つづく