で、リフレッシュと言ったら、あそこへ行って竹林でも見ながら一服、二服、十服だわなということで、いつもの時刻に家を出た。
朝のあの駅は、私には日本であって日本ではない。 が、洒落た靴を履いたなんとかウーマンがつかつかと高いヒールをものともせず、かつては追い抜かれることなど滅多になかった私を追い越して行く。
ちいと早く着きすぎた。
どうも一番のりらしい。くす玉でもあるのかな?
とバカなことを考えながら、開門を待つ。
おはようございます。
元気な挨拶に不慣れなのか、一瞬戸惑う門番
。
さあ、受付一番ーと思ったら、後ろから超早足の同年輩が追い越した。
ははーん。ひょっとしたら、一番のりがあの人の日課かも知れないなあ、などと思いつつ私は二番目にプラスチックを受け取った。
あいにくの雨だが関係ない。いや、このくらいの雨の方が花は鮮やかなのさ、と自分を騙しつつ散策を開始した。
ここに来ると、毎回新しい発見がある。
今回も2、3初めて見るものがあった。
特に、これに会えたのは嬉しかった。

タイサンボク。
名前は知っていたが、実物を見るのは初めてだ。
直径30センチメートル近い花である。石鹸花という方言があるように、昔使っていた、今のおしゃれ石鹸の3倍くらい大きなあの安い石鹸の匂いがした。

手入れが良いからだろう。
ハマナスも、ブドウみたいに鈴なりである。

結局、朝イチから3時過ぎまで、そこを堪能させていただいた。
さて、苑を出て大通りを跨いだところにある、この区では私が知っている、唯一のオープン喫煙所に腰を下ろす。
と、その男がやって来たのである。
あれっ。以前会いましたよね?
と、身の丈6尺を超えそうな浅黒い男が口火を切った。
いや、お会いしたことはないと思いますが……。
と、私。
あなたは、なぜ派遣の仕事で我慢しているのですか?!
男は脈絡のないことを、まわり30メートルに伝わる声で言ったかと思うと、近くをさわらぬなんとかで足早に通り過ぎていく人に、こう言った。
あなたが聞いているのは知っています。
通行人が、振り向きもせず駆け抜けていく。
あなたは、なぜ派遣で我慢しているのですか!
男がまた言った。
いやあ、私は派遣じゃないんですが。
男は、一瞬計算が狂ったぞという顔を見せたが、また元気な声を出す。
あなたは優しいのです。
でも、嫌だからと言って仕事をしなくてどうします!
ははーん。
私が仕事サボりと見たのか。なるほど、なるほど。
いや、今日は休みなんですよ。
あなたは、お母さんと一緒にご飯を食べない。
せめて、食卓は家族一緒にしなくてはいけません。あなたはいけません。お母さんは、毎日家事が大変です。
あらら、また話が飛んだ。
あのう。
母はもう亡くなりました。
嘘をついてはいけません。私はすべてを知っています。
あのう。お母さんって、motherのことですよね?
なら、本当に亡くなりましたが。
あっ。あなたは日本人ではないです。
分かります。その苦労。
でも、それは違います。パートでもいいんです。
あらっ、日本人じゃなくなってしまったぞ。
そうか、マザーではなく相手に分かりやすいかとmotherと言ったからかな。せめて、帰国子女くらい言って欲しかったが。
そう、あなたの苦労は、あなたのカバンを見れば分かります。
いやなことを言う。
はいはい。くたびれたカバンです。
日系人でもいいんです。
パートの仕事があります。
ああ、やっぱり純正日本人には見てくれないようだ。
少なくとも、じっちゃんのじっちゃんのじっちゃんのじっちゃんのじっちゃんのじっちゃんのじっちゃんのじっちゃんあたりまでは日本人だと思うのだが。
まっ、いいか。
タバコが終わった。
いろいろありがとうね。
男はそんなことを言われたことがなかったのか、例の30メートル四方に聞こえる声を出さないばかりか、急に押し黙った。
2、30メートル歩いたあたりで何やら声がしたが、これは私も素知らぬふりをして、さっさと地下鉄ホームに降りて行った。