情報統制 ※日本が好きなんだなあ | しま爺の平成夜話+野草生活日記

しま爺の平成夜話+野草生活日記

世間を少しばかり斜めから見てしまうしま爺さんの短編小説や随筆集などなど
★写真をクリックすると、解像度アップした画像になります。

今の時代、いや、卑弥呼の時代から、情報は最大の武器だった。


高校までの歴史では触れることのない、大化の改新と呼ばれる後の天平時代到来の経緯についても、情報がいかに重要であるかがわかる。


独裁的な国家などでは、厳しい情報規制を行い、市民は窮屈な日々を送っていたことだろう。
あるいは、語弊がある表現やも知れないが、スパイ国家の風を呈し、隣人の目を気にしながらの生活をしていたやも知れない。

これは、江戸時代の五人組のようなものとは、また性質のことなる、冷え冷えとしたものだ。


日本という国はよく言われるように、海という自然城壁に守られ、かつ、お上の指示を守ることが、自分を、家族を守ることだった。

この時代にも当然ながら、情報の規制や交換が重要であった。
だから、お庭番がいたし、岡っぴきがいたわけである。

また、江戸幕府が消える一要因となった“ええじゃないか”と、その引き金であるお伊勢様の札もまた、情報という武器のなせる技であろう。


竜馬が話題になっているが、彼などもまた、情報武器の一枝であったろう。


竜馬→グラバー→上海→大きな組織、と繋げることも可能だ。 また、それを扱った書籍もあったやに思う。






今なぜ、竜馬か。


たとえ事実であろうがなかろうが、なぜバチカンが頭を下げたのか。


どうして、ダ・ヴィンチ・コードが、世界中でヒットしたのか。




妄想爺のアホな物語が駆け巡る。






とにかく、今の政府を動かしているものは、情報の流し方がうまい。



規制と感じさせずに、統制をしている。


敵ながらあっぱれだ。


あっ。敵という表現は、言葉のあやですからね。



別に、闘うぜ。
という感覚とは、また違いますから。



と、言い訳しておこう。




私は、日本が好きなだけです。




それ以上でも、それ以下でもありません。