ケスケ・セ?
私は、やっと覚えたフランス語で尋ねた。
ラパン、ムッシュ。
まだ、その頃はラパンと言う言葉は、私の辞書にはなかった。
とにかく、英語がそこそこだからフランス語も大丈夫だろうということで、一人ジュラ山脈の中に置いてきぼりにされて、1ヶ月しか経っていない。
今日はなんとかTGVに乗って、ここ日本では華の街とか言われている、田舎街パリに着いたのである。
先に着いていた現地社長の招きで、国会議員らも交えての夕食会だった。
映画でよく観た門のすぐ脇に、鳩料理で知られるこじんまりとしたレストランがある。
蝶ネクタイを締めた社長の顔が硬く、いささか緊張しているのが分かる。
私は、いつものくたびれたスーツに、コロンボコートである。
実は、最初からどぎもを抜かされていた。
入り口には純白の鳩がいたが、冗談かと思ったら、それが料理の主であることを知った。
鳩料理は、東南アジアでも慣れていた。
が、フランスで口にすることになるとは予想をしていなかった。
ラパン。
そう言って、社長は両耳に手を当て指を伸ばし、おいでおいでのように、手のひらを前後した。
えっ。
あやうく、私は口からそれを吐き出すところだった。
小さい時に、ウサギを飼っていたことがある。
が、けしてそれは食べるためのものではなかった。
私は、ひどく苦い胃薬でも飲み込む気分で、やっとその口の中の塊を胃の中へ導いたのだった。
当時はまだ、固定観念や、国、宗教による価値観、風習、文化の違いを頭では理解していても、まだ身体と心は、それに溶け込むことを拒んでいたからである。
何事も、自分の価値観だけで考えてはいけないのだ。
それを自分の血肉にするかどうかはさておき、最低でも、相手の価値観を考えて行動すべきだろう。
正義の反対語は、非正義でも不実でもなく、やはり正義なのである。