その夜、習志野駐屯地を飛び立った8機のヘリコプターは、嵐の前の静けさ(と信じて疑わなかった微風)の中を、西へと進路をとった。
機内には、科学鑑識班、科学処理班、特殊突入班の、それぞれエキスパートが、頭から銀色の完全防御服を纏って分乗して乗り込んでいる。
しかし、不思議なことに、ものものしい出で立ちの隊員を乗せたヘリコプターが向かった先は、何と八ヶ岳山麓にある、ごく普通の民家だったのである。
さらに奇妙なことに、科学鑑識班の隊員たちの何人かは、小鳥籠を持っている。
隊員たちの出で立ちと、小鳥籠の組み合わせは、異常としか形容しがたい。
その民家には、大型トラックが数台置けるくらい広い庭があり、物置小屋も3棟ほど建っている。
が、田舎なら、ありきたりのただ住まいだった。
突入!
特殊部隊隊長らしい声が響く。
ところが、中から現れたのは、足の悪い不惑過ぎの男と、その両親らしい老夫婦だけだったのである。
それが、あの年の9月9日の朝のことだった。
実は、この屋敷がシグマオルトパラメタ教のアジトで、有毒物質を作っているとの情報から、急遽、かような大掛かりな家宅捜索となったのである。
なぜなら、その3日前には、山手線や京浜東北線など首都圏の主要鉄道で、原因不明の昏睡事件が発生していたからだ。
僕らはこれを、リポビタン事件と呼んでいる。
そこで使われた化学物質が、リポ・βなんとか……タンというものらしい。が、やたら長く分かりづらいから、リポビタンなわけだ。
しかし、これはとんでもないガセネタで、警視庁の大汚点となる捜索だった。
僕は、天気図を見比べながら、そんなことを思い出していた。
なあ、おかしかんべ。
男が、また粘っこい視線を絡ませてきた。