囚人No.223690679調書 :ある新人取調官の日記 2 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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おめえは、天気図が読めるかい?

男が唐突に言った。







はあ?

後の言葉が続かない。








199●年9月8日の天気図を見てみろ。






いや、僕は法学部でして、そっちの方はさっぱり。ましてや、そんな細かい日付の天気のことなんかは、全くわかりません。







アホ!
何のためにアレが付いているんだ。若いの!


男は、吸煙器を指差した。





ちぇっ。何てこった。
この男は、盗聴マイクの位置まで知っているのか。





ほら、そんな泡を食っている暇があったら、そのノートパソコンのショートカットをクリックしてみな。
そろそろ、裏方がその日の天気図を探し当てた頃だ。





あちゃ。
こっちの手の内をすべてお見通しのようだ。

確かに、偏光ガラスの向こうには、盗聴マイクから流れてくる一言一言を拾い、声調分析、つまり嘘発見器にかけると同時に、男から出た言葉の関連事項を並行調査している。

たぶん、声調分析にかけられていることもわかっているのだろう。
聞きしにまさる、恐るべき相手だ。


僕はやっと、とんでもない山に踏み入れていることに気づいた。








どうだ。
天気図が出てきたか?







ええ。







どうだ。凄いだろう。






はあ。
僕は、自分でも嫌気が差すほど間延びした返事をする。






なーんも、気付かないのかい。ぼうや。






げっ。
今度は、ぼうや扱いかい。
僕は自尊心を傷つけられた怒りに顔を赤らめながらも、その天気図に見入った。





画面には、何時の天気図が載っている?

男が訊く。





9時ですが。






ああ、それじゃ、南過ぎてよくわからんな。

おい、裏方。22時のやつを送ってやってくれ。

男は天井に向かって声をあげた。







どうだい。
そんなら、文系のおめえさんにも分かるだろ。

男は、不敵な笑みを浮かべた。







はあ。南の方に大きな渦。あっ、台風ですね。





うん。目は小笠原諸島・父島の北東、およそ200キロメートルあたりにあるはずだ。

男は、まるで天気図を見ているかのように言う。






はあ、だいたいそのあたりかと。

と、僕は言ったものの、あまり自信がなかった。

僕たちはゆとり教育のおかげで、小中はほとんど地理の勉強をしていない。
高校は私立で、早くから国立私立・文理分けがされていて、僕は日本史と倫理を選んだから、地理の知識はまるで無いに等しいからだ。
だから、小笠原諸島の名前くらいは知っていても、父島がどのあたりか、皆目見当がつかなかったからだ。








男が言葉を続けた。

で、中心気圧はどれくらいだ?






えっ?
文系の僕には厳し過ぎる質問だ。







935ミリバール。いや、今はヘクトパスカルっていうんだっけな。

どうだ? そのくらいだろう。







あっ、はい。
確かにそれくらいですが。






で、ここからが面白いところだ。

いいか。翌日の昼の天気図を見てみろ。








えっ?

私は絶句した。






はははっ。
気付いたかい。








は~。
僕は、半日後の天気図と初めのやつを並べて、しばらくの間フリーズしてしまった。







へんだよな。

男が目を細める。






いくら文系の僕でも、その2枚の天気図の異常さはわかった。

後の天気図から、台風が消えている。いや、正確には消えているのではないが、勢力が極端に弱くなり、熱帯低気圧と書かれているのだ。







なあ、へんだろ。
935ヘクトパスカルといったら、10年に1つレベルの猛烈な台風だ。しかも、九州方面ではなく、小笠原、つまり関東の南海上にやってくるなんざ、富士山測候所開設以来の、関東を襲うかも知れない巨大台風。
それがだ。
翌日には、やたら弱っちい熱帯低気圧になっちまってる。
変だと思わねえかい?


男が僕の顔を覗き込んだ。






ええ。確かに。不思議なことです。






はははっ。
だろう。
だからな、その天気図はインチキなんだよ。


男が、わけのわからぬことを言い出した。





鼻ったれには、わかんねえだろうな。






じゃあ。ヒントをやるか。
いいか。この巨大台風がやって来るとされた次の日、東京で何があったか、調べてみな。






次の日?
ということは、199●年9月9日。




あっ!

えっ!

コンピュータを開くまでもなかった。


検察官なら、誰でもその日を覚えているだろう。




が、それと、この天気図とがどう関係するのだ。








フッフッフ。
男が不気味な声で低く笑っている。