【小説】九龍(カオルン)電影 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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映画館、1人でも行ける?
ブログネタ:映画館、1人でも行ける? 参加中

私は1人の方が楽しめる!


珠江の黄色に淀んだ海を渡り、1ヶ月ぶりにマカオから香港に戻った。

ここには、マカオにはない中国の臭いがある。

初めて来たときには吐き気さえ覚えた、粘ついた油と香料を混ぜ合わせたようなそれが、ひどく懐かしく感じられた。


友人との夕飯の時刻には、まだ時間がある。

私はペニンシラーの角を折れて、九龍に向かった。

かつては九龍城とも言われ、世界有数の無法地帯で、警察官さえ一人では歩けなかった場所だ。

が、最近は見違えるような高層ビル街になっている。
と、豚の顔の彫り物がある飯屋の隣に、華人相手と思われる映画館が目に止まった。

普段なら通り過ぎるところだが、ふらり入ってみる。
チャンチャン、チャンチャン。

耳をつんざく、京劇舞台のような音が鳴り響いていた。


どうも秦始皇の物語のようだ。
始皇が、広東語でなにやら命令している。

私は、思わず吹き出しそうになった。



と、パンパンと、おもちゃの花火のような音がした。
客席が、急にざわめき出す。


誰かが
ガウチョー
と、叫び声を上げた。


あとは、阿鼻叫喚。
出口へ殺到する人、人、人。


中には、後ろから押し倒され踏まれている者もいる。


私も、一足遅れて外に出た。


が、外側の街は、何事もなかったかのように、いつもの賑わいだ。


子どもたちが、ケラケラ笑いながら道中で遊んでいる。


映画館の中から、チャンチャン、チャンチャンという音が漏れ聞こえてきた。


警察は来るのかなあ、とも思ったが、すぐに忘れた。



さっ、そろそろ飯の時間だ。


私も、中山道へゆっくり歩み始めた。


スコールに合わなければよいが。

ふと、そう思った。