
「おっ、洒落た店があるよ。ちょっと寄って行こうか」
とは言えなかった。
私の第2外国語はドイツ語だ。フランス語は理系学生、とくにケミカル・アブストラクトなどを読む必要がある者にとっては、考えられない言語だったからである。
「マンジェ?」
私は、飛行機のなかで覚えた単語を発するのが精一杯だったのである。
その店は、ジュネーブ空港から車で30分ほどのフェルネイ・ボルテールという、フランス国境にあった。
ベルガルドには暗くなる前に着けばよいから、まだ十分時間がある。
ジュラ山脈が目の前に、大きく立ちはだかっていて、上の方にはまだ雪が残っているようだ。
もうすぐ7月とはいえ、緯度は北海道より高いからやむを得まい。
私はベアトリスをさりげなく覗いた。
軽くパーマをかけたプラチナブロンドの髪が、エメラルド色の瞳の前で踊っている。
彼女と出会って、まだ数時間しか経っていない。が、なぜかその少し陰りある造作を覗き見ているうちに、ずっと昔からの知り合いのような錯覚を起こしている自分に気付き、つい笑みがこぼれた。
なーんていう想像世界で遊ぶ時間を持つこと。
これが私の、自分へのご褒美です。
はっはっはっ。
真剣に読んでだまされちゃった方、ごめんちゃい。
って、いないか。
