「実は、そなたと逢う前にこんなことがあった」
男は十数年前の、柿の葉に詠まれた歌にまつわる話をし始めた。
話が進んでくると、聞いていた女の目に、夜目にもきらりと光るものがこぼれ落ちてくるのがわかった。
「……で、あなた様はその柿の葉に、どんな歌を詠まれて返したのですか」
男が詠じる。
と、女は小刻みに全身を震わせながら夫の胸に顔を埋めた。
「なんということでしょう。本当にこの世には神様や仏様がおいでなのですね。あなたと私は、やはり前世から契りがあったのですわ」
しがみついた夫の胸の中から、女の嗚咽が漏れている。
「……その歌を柿の葉に書いたのは私です。そして、あなた様の詠まれた柿の葉を拾い上げましたのも……。お待ちくださいませ」
女は濡れた袖を口元にあてながら縟(しとね)を出、薬袋を入れている鏡台に向かった。
しばらくすると、しずしずと大事そうに小箱を抱えて戻ってきた。
小箱を開ける。
「ご覧くださいまし」
「おお、これは……。おお、……」
今度は男の喉元から、獣のうなりに似た低い声があがる。
所々に虫食いがあるうえ墨が滲み文字はほとんど読めないが、まさにあの時自分が流した柿の葉が、そこにあるではないか。
改めて二人は、縟の中でかたく身を抱き寄せあうのだった。
翌朝、男が家を出た後、女は軽く首を左右に振りながら、フーッと長めの息をはいた。
つづく