
確かどこかの山に登っての帰りのことです。
なぜかは忘れましたが、学生の分際で、下宿までの僅かばかりの距離をタクシーに乗ったのです。
あるいは山登りではなく、当時学生バイトの三倍くらいもらえた、ちょっと危険な仕事の帰りだったのかも知れません。
で、その運転手の方は私よりはるかに年上だったのですが、なぜか私に愚痴りはじめました。
その愚痴というか、ショックを受けた内容がすこぶる面白いんですなあ。
当時ある風俗関連のお仕事に、とある国の名前をつけたお風呂屋さんがありました。
そのお風呂屋さんには、本当ならばスチームバスがあるはずですが、もちろんそんなものはなく、もっぱら特別な作業に専念するのが当たり前の場所です。
40代の方には説明の必要もないでしょうが、若い方のために、フィルタにかからない範囲で説明しましたが、もうお分かりですよね。
まあ、体の一部を洗っていただき、心のうさをはらすところですな。
運転手さんの話に戻りましょう。
彼は、ひどく落ち込んでいました。
いや、いざと言うときに刀が使えなかったというわけではないんです。
その時のお相手は、モデルさんみたいに美しかったらしいのですが、
そのう、なんといいますか、
ああ、顔と何かの違いに愕然としてしまったらしいのですなあ。
まあ、ずいぶんナイーブな方だったのですね。
そんな、当時私のオヤジくらいの男の愚痴を聞いては、
いやあ、そんなもんですよ。
なんて、分かったようなこと言っていましたなあ。
実は、女の子の手ひとつ握ったことのない私だったのに、まあ、あきれたものです。
しかし、今でもその運転手さんの、なんともやるせない涙が出てきそうな声は、よく覚えています。
まあ、よほど何かを感じたんでしょうね。
それにしても、自分の息子ぐらいの若造相手に話すとは……。
今考えても、おかしなことだなあと思っています。