全日系人博物館 Japanese American National Musium | オーストラリア育ち夫×日本人妻×愛犬との国際結婚生活 in南カリフォルニア

オーストラリア育ち夫×日本人妻×愛犬との国際結婚生活 in南カリフォルニア

日本、アメリカ遠距離恋愛→彼を追ってアメリカへ→国際結婚♡
現在は南カリフォルニアにてのんびり暮らしています(*^^*)

人気レストランBavelへ行った際、せっかくダウンタウンへ行くので全日系人博物館へ行きました。

アメリカへ移民した日本人がどんな生活をし、どんな苦労をしたのか展示されています。

実は私、学生の頃にアメリカへホームスティ体験しに来た際、この博物館を訪れてますが、もうかなり前のこと。
それでもこんな経験をした日本人がいるんだな〜と印象深い博物館でした。

今回はその当時予想もしていなかった私自身が ”日系1世” となった今。
(アメリカに来て知ったんですが、海外から移民してきた家族の最初の人を一世と呼ぶそうです。まさに私。生まれてくる娘は2世になるようです。)
日系人移民として過去にどんな事があったのか?過去の先人はどんな苦労をしたのか?改めてまた見たい。知りたい。また主人も興味深い!と興味津々だったので行ってみました!

こんな立派な博物館です

私は第二次世界対戦を経験した90歳を超える祖母(まだ健在!)から戦争中の苦労話をたーくさん聞きました。

当時はみんな貧乏でお金がなく、さらに次男以降は農家でも長男しか土地が譲り受ける事が出来ず、全くの無一文になる運命だったそうです。
そんな中、海外(中国の満州、朝鮮、ハワイ、アメリカ、ブラジル等)へ行けば大金持ちになる!とうたった広告が沢山あったそうです。そして、それを見た沢山の人達が ”希望” を持って他の国へ渡ったそうです。

けどもちろんそれはウソ。もちろん中には大成功を収め、お金持ちになった方も沢山いらっしゃったでしょうが、敗戦後に財産を取られたり、追われたり、命からがら日本へ帰って来た人、子供を置いて逃げなければならず、そのまま離散家族になってしまった悲しい運命の方もいたり。
日本へ帰れた方は幸せだった?のかもしれないけれど、帰っても焼け野原の日本。自分の土地もさらにはお金も全くなく苦労した?とか。。けれど帰りたくても帰れない人が大半だった時代。まさに片道切符を片手に ”夢と希望” を抱いて来た日系移民の方々。

最初の移民はうるおぼえですが、相当前のようで、第二次世界大戦前は確実。恐らく第一次大戦前くらい?
ロサンゼルスには大きな日系コミュニティがあったようで、驚いたことに、ここの博物館前で行われた日本のお祭りに集まった人の写真。(写真撮れば良かった〜えーん)
よく日本でプロ野球の団体が優勝した時に行われるパレード!まさにどんだけ人いるのー!?って人の数と賑わいでしたびっくりそんなに昔から日本人、日系人が住んでたなんてびっくり
多くの日系人が現在あるリトル東京付近に住み、力を合わせ共に生きていたようです。
(戦争後、収容所から解放されてからは土地も取り上げられてしまったのでその日系コミュニティはなくなりバラバラになったとか。。)

もちろん学校もあり、お寺もあり、人々は日本の文化を大切にしながらアメリカで頑張って暮らしていたようでした。


そして戦争開始。

日系人はとてもヒドイ差別にあい、収容所へ入れられます。

しかしこれは私の個人的意見ですが、その時代、ヒトラーが行ったように収容所で殺されてもおかしくない時代。
アメリカはそのような事は行わず、戦後は解放。
うちの祖母は以前、こんな事今だから言えるけど、日本は戦争に負けると思っていた。戦争中はアメリカはとてつもなくヒドイ事をする国だと教えられていたけれど、敗戦した日本を植民地化する事もなく、捕虜にして殺す事もなく、日本文化をそのまま残してくれて良い国だ!と言ってました。

またこの博物館では、収容所に入れられたけれども、自ら志願して兵士となり、日本と戦った日系アメリカ人の事も展示されていました。国籍はアメリカ、さらに生まれも育ちもアメリカ。”アメリカ人”でありながらも両親の出身の国と戦うのはとても辛い選択だった事でしょう。


全体を通しての感想
夢を抱いてアメリカへきた日本人。
そこは夢とはかけ離れた苦労を要する現実。さらにはヒドイ差別。。とても悲しくなりました。しかし、今まさにこのような差別がまた戻りつつあるこの時代をもっと、もっと悲しく感じました。

アメリカへ来たのだからアメリカ文化を見習い、アメリカ人になれ!という人もいるかもしれませんが、移民国アメリカ。多人種国アメリカ。沢山の人種が入り混じり、それぞれの人種、文化を大切に尊重し、もちろんアメリカ文化も尊重する。アメリカとはそういう国だと私は思っているので、先人がずっと頑張って残して来た、尊重して来たように、私も自分の出身国である日本の文化を大切にしたいと改めて感じましたニコニコ

機会があれば是非行ってみて下さい!