永遠にマイ・ヒーロー。揺るぎなきレジェンド。元アルゼンチン代表DF、ロベルト・アジャラ。クラブでは、リーグ優勝を果たし、チャンピオンズリーグも決勝まで辿り着いた、バレンシア(2000-2007)で活躍した背番号4の姿が強烈に印象的。 「フットボールフリースタイル無差別級王者」 と自分の中では異名を取っている。DFとしては小柄なのに、誰よりも高く跳んで攻撃を阻止する。どんなデカイ相手も、どんな手を使ってでも止める。殺意を感じる鬼の眼差しには「アジャラなら何とかしてくれる」感が漂う。カットしたボールをそのままパスに繋げる技術。どんなに高く上がったボール、どんなクロスにもピンポイントで合わせられる超能力。リードしている試合の終了間際にはピッチのど真ん中で「目が痛いyo」と倒れたり、なかなか悪どい時間稼ぎもいとわない百戦錬磨っぷり。
でも、ピッチの外ではめちゃくちゃイイ人で別人のように優しく澄んだ眼をしていて、スカパーの倉敷アナからは「フランスの小柄な女優さんみたい(はぁと)」などという謎の萌えコメントを引き出してもいた(笑)。
そして、輝かしくも、彼のキャリアには大舞台で悲劇もたくさんつきまとった。1998W杯オランダ戦ではベルカンプに抜かれてあの伝説のスーパーゴールを許し、2002W杯ではグループリーグ直前練習で負傷し試合に出られず、2006W杯はドイツ戦で自ら得点するもPK失敗でBEST8敗退、キャプテンとしてアルゼンチンを率いた2007コパアメリカ決勝ではブラジル相手にオウンゴール献上。コパアメリカ敗戦の翌日の代表引退声明には、アジャラのはかり知れない落胆・心の痛みと、なにか大きな時代が終わることをダイレクトに感じて、泣きに泣きました。ひとつひとつ思い返すと、アルゼンチン代表としてどんなにつらい気持ちを味わっていたのだろうかと胸苦しくなるけど、やはりあの水色×白のユニホームがとんでもなく似合う濃い濃い選手だった。全部ひっくるめて、永遠に大好きだ。いつか、アルゼンチン代表の監督する姿を見られる日が来るといいなとか、よく妄想してしまうんだなぁ。真面目で、指揮官のルックスが似合いそうなだけに。またサッカーの世界で、彼の姿を見たいなぁ。

この後、サラゴサに移籍。チーム不振のまま最終節近くにようやく初ゴールを決めて涙していた姿が、日本のTV放映で見られた現役最後だった。一年目に二部降格。キャリアの最後は、母国アル
ゼンチンのラシン・クラブだった。

アジャラにソリンにベロンにサネッティに…この時代のアルゼンチンのヒール感(注:サネッティにはヒール感はないけど)、キャラの濃さ。攻撃的パスサッカー。最高で最強だった。何で無冠だったのか本当に意味が分からないよw