癒されるべきもの、癒されるのを待っているのは、人間だけではないと今日感じた。

仕事もそうだと思った。




過去ずーっと続いてきた、踏襲されていきた慣習的なやり方続けている業務を引き継いだ。

それは現状の管理として明らかにベストでなく、
このままだと間違いの発生する要素がたくさんある状態である。

正直、どうしてこんな状態で引き継いで私がやらないといけないのだろう。
誰が見ても、間違いしやすい状態なのに。それで間違えたら自分のせいになる。

正直いままで触れたくない(深入りしたくない)、という感じの業務があった。


でも、やはり、間違えてしまって、昨日覚悟を決めた。

すべて私流に現状にあった内容に覚悟を決めて作り替える、と。





そして、今日、思ったこと。
これは、会社の中で、癒されるのを待っていた仕事なのだ、と。


私たちが、光を入れ込んでいかないといけないのは、
周りの人たちであり、地球である、が、目の前の仕事に対しても、
長年続いてきた資料一つに関してもなのだと思った。

仕事についても、癒されるのを待っている、そこに光が入るのを待っている仕事が、
目の前にやってくる。

なんで、こんなに面倒なの、やりづらいのばかりそのままの状態で引き継ぐのだろう、
と思っていたけど、私がそこに光を入れて、その資料や業務の波動を上げていく必要がある。


癒していくのは、地球や人だけれども、その一部として、
目の前の仕事や会社自体も含まれるようである。


癒すべき業務が目の前に一つずつやってくる。

たぶん、仕事も含めて(もちろん周りの人たちみんな)癒しが完了しないと、
彼とは一緒になれないのだろうな。



周りのすべてを癒すこと。
癒されるべきものを、癒し、光をいれていくこと。それをやっていくのだな。
いつもやることが多いな。


感謝。