世の中に、絶えて桜のなかりせば、
春の心はのどけからまし (在原業平)
いまも昔も変わらず、桜の咲く間はお天気もきまぐれで、何かと
心落ち着かない日々を過ごすことがありますね。
先日バスの中から眺める、桜雲がたなびくような光景に、思わず
引き寄せられ途中下車。道を白く覆うように舞い散った花びらを
、踏んでもいいのかしら?と躊躇しながら、満開の桜並木のなか
へ入って行きました。
さくらの花は、遠くから見ると煙りのようにぼやけて、華やかとい
うよりは、どちらかというと真っ青な空を背景にすると、なんとなく
、春の沈んだ愁いをも感じさせます。満開の桜は、そよとふく風
にも、おびただしく落花して、薄紅の花びらが重なり合って川面
を流れていきます。一気に花を咲かせ、一気に散ってゆく潔さ、
儚さの中に力強さを潜める桜。咲くも、散らすも、命なりけり、、。
風が運ぶ、甘酸っぱいかすかな花の匂いを、思いっきり吸って、
ハッと気づきました。それは紛れもない、桜餅のあの匂いなので
す。麗しの花の下で、桜餅とは、、、、。感性のなさを嘆きながら
、人ごみを避け、柳の木の下でひとやすみ。
昔、柳の木は、日々の暮らしのなかにありました。
家の前を流れる高梁川のたもとにゆれる、一本の柳の下は、
子供の頃の遊び場でした。春には河原に広がるレンゲの花や
白つめ草を摘んで花の冠を作ったり、ゴザをひろげてままごと
遊び、夏は日のくれるまで水遊びを楽しみ、夜は夜で肝試し、、
柳に親しみながらも、垂れ下がった枝が、ゆらゆら風に揺れると
お化けを連想して、気味悪く、夜は近づきたくない枝垂れ柳・・・。
♪ 柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
誰を待つ心 淡き夢の町 東京 ♪
柳を見るとついつい歌いたくなる「夢淡き東京」、歌詞は、ここし
か知らなくても、幼い日、ラジオから流れてきたこの歌で、はじ
めて東京という言葉を知った大好きな歌です。
子供の頃は、ラジオから流れてくる歌や、日々の遊びのなかか
ら、未知の世界に思いを馳せ、胸弾むような憧れにも似た気持
ちを抱いたものです。
私の好きだった花札の、場六の手七遊び、、、、梅に鶯、柳に蛙
(雨)、この二枚の札が自分の手元に来ると、秘かに喜んで、胸
がドキドキしたことが懐かしいです。柳に蛙の札は特に好きで、
そこに描かれた人物が、小野東風(道風)だと知り、東風を豆腐
と言ったりたりして、、、、。
気持ちよさそうに風にそよぐ柳の木の下で、そぞろ歩く人も目に
入らず、桜とは別の世界にいた私、時間のたつのも忘れ、幼い
日のことが、次々と頭のなかをかけめぐり、、、。早緑に燃える柳
の木を仰ぎ見つつ、、、、、。立ち去りがたい思いがしました。
きょうの一曲は
モーツァルトのピアノ協奏曲 第23番 イ長調です。
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番&第23番/ハスキル(クララ)