春の心は・・・ | 夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

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私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。

  

  世の中に、絶えて桜のなかりせば、

     春の心はのどけからまし (在原業平)


いまも昔も変わらず、桜の咲く間はお天気もきまぐれで、何かと

心落ち着かない日々を過ごすことがありますね。


先日バスの中から眺める、桜雲がたなびくような光景に思わ

引き寄せられ途中下車。道を白く覆うように散った花びら

、踏んでもいいのかしら?と躊躇しながら、満開の桜並木のな

って行きました。



    夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)-旭川土手沿いのさくら 2009,3,8

   
さくらの花は、遠くから見ると煙りのようにぼやけて、華やかとい

よりは、どちらかというと真っ青な空を背景にすると、なんとなく

春の沈んだ愁いをも感じさせます。満開の桜は、そよとふく風

おびただしく落花して、薄紅の花びらが重なり合って川面

ていきます。一気に花を咲かせ、一気に散ってゆく潔さ、

儚さの中に力強さを潜める桜。咲くも、散らすも、命なりけり、、


風が運ぶ、甘酸っぱいかすかな花の匂いを、思いっきり吸って、

と気づきました。それは紛れもない、桜餅のあの匂いなので

す。麗しの花の下で、桜餅とは、、、、。感性のなさをきながら

ごみを避け、柳の木の下でひとやすみ。


昔、柳の木は、日々の暮らしのなかにありました。

家の前を流れる高梁川のたもとにゆれる、一本の柳の下は、

子供の頃の遊び場でした。春には河原に広がるレンゲの花や

白つめ草を摘んで花の冠を作ったり、ゴザをひろげてままごと

遊び、夏は日のくれるまで水遊びを楽しみ、夜は夜で肝試し、、

柳に親しみながらも、垂れ下がった枝が、ゆらゆら風に揺れると

お化けを連想して、気味悪く、夜は近づきたくない枝垂れ柳・・・。


    夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)-旭川のたもとにて 2009.3,8

 
♪ 柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日

   誰を待つ心 淡き夢の町 東京 ♪


柳を見るとついつい歌いたくなる「夢淡き東京」、歌詞は、ここし

か知らなくても、幼い日、ラジオから流れてきたこの歌で、はじ

めて東京という言葉を知った大好きな歌です。

子供の頃は、ラジオから流れてくる歌や、日々の遊びのなかか

ら、未知の世界に思いを馳せ、胸弾むような憧れにも似た気持

ちを抱いたものです。


私の好きだった花札の、場六の手七遊び、、、、梅に鶯、柳に蛙

(雨)、この二枚の札が自分の手元に来ると、秘かに喜んで、胸

がドキドキしたことが懐かしいです。柳に蛙の札は特に好きで、

そこに描かれた人物が、小野東風(道風)だと知り、東風を豆腐

言っりたりして、、、、。


気持ちよさそうに風にそよぐ柳の木の下で、そぞろ歩く人も目に

入らず、桜とは別の世界にいた私、時間のたつのも忘れ、幼い

のことが、次々と頭のなかをかけめぐり、、、。早緑に燃える柳

木を仰ぎ見つつ、、、、、。立ち去りがたい思いがしました。








きょうの一曲は

モーツァルトのピアノ協奏曲 第23番 イ長調です。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番&第23番/ハスキル(クララ)