家の近くに、いつもはヌートリアが棲み着いて黒く澱んだ水を湛
えた池があります。よく晴れた日には空の青さやあたりの風景
を水面に映し、到底黒く澱んだ池とは思えないような美しさです。
それでも、目を凝らしてよく見ると、もとの澱みが見えてきて、
日頃忘れている「無明」という言葉が水面に浮かび上がってきた
のです。
「無明」というのは仏教の言葉です。
辞書によると「人間の底にもつ欲望や執着心などの諸煩悩の
根本にあるもの」とあります。
池が美しく見えたのは美を粧っていただけなのです。その底
は、「無明」という濁りが層をなす暗闇の世界なのです。
美しく粧うとはどういうことなのか?鏡の前で自分の顔を覗きこ
んで、ふぅー、と深いため息をついてしまいました。
はたして、自分の無明は人には見えているのだろうか?人の
無明は見えても、自分の無明は自分では見えない。
ということは「無明」とは、自分のことは自分ではわからない恐
ろしい世界ということなのかもしれない。
