無明 | 夢見つつ深く植えよ(小さきものたちへのブログ)

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私はこの自然界に存在する小さな物が好きです。

私の小さな庭に咲く花々や、そこにやってくる日頃見過ごしてしまうような虫たちにもスポットを当てながら、私も小さき者の仲間として、この自然界で共存していければと願っています。

     



家の近くに、いつもはヌートリアが棲み着いて黒く澱んだ水を

えた池があります。よく晴れた日には空の青さやあたりの風景

を水面に映し、到底黒く澱んだ池とは思えないような美しさです。

それでも、目を凝らしてよく見ると、もとの澱みが見えてきて、

日頃忘れている「無明」という言葉が水面に浮かび上がってきた

のです。


「無明」というのは仏教の言葉です。

辞書によると「人間の底にもつ欲望や執着心などの諸煩悩の

根本にあるもの」とあります。


池が美しく見えたのは美を粧っていただけなのです。その底
は、「無明」という濁りが層をなす暗闇の世界なのです。

美しく粧うとはどういうことなのか?鏡の前で自分の顔を覗きこ

で、ふぅー、と深いため息をついてしまいました。


はたして、自分の無明は人には見えているのだろうか?人の

無明は見えても、自分の無明は自分では見えない。

ということは「無明」とは、自分のことは自分ではわからない恐

ろしい世界ということなのかもしれない。