永遠の輝きを放つ 82歳のシャルル・アズナブール
今から35年以上も前に出会ったシャルル・アズナブールの
レコードは、悶々と悩みながら時を過ごした私の青春時代
から現在にいたるまで常に私のかたわらにあります。
「私は信ずる。フランスのアーティストの中で、シャル・ルアズナブール
こそは、詩情と音楽性をともにもって、ジャズのスタイルで、シャンソン
を歌うことのできる、ただ一人の人である・・・・と、
彼のリズムとノスタルジーは誰にも真似のできないものだ。
私は、彼の詩と同じく、彼のその歌いぶりをたたえずにはいられない。
明らかにシャンソンは進歩しつつあるのだ・・・・・」
この言葉は、かの有名なシャルル・トレネがアズナブール
のレコードに寄せた賛辞です。
先日2月3日、大阪のフェスティバルホールでの「シャルル・
アズナブール、さようなら日本公演」はまさにこの言葉に
ピッタリのコンサートでした。
昨年の8月に先行予約で早々と手に入れたチケット、待っ
て、待って、気が遠くなるように感じた日々が嘘のように、
その日が近づくにつれ楽しみはもっと先に、もっと先に、と
思うようになりました。
でもとうとうその日がやってきたのです。
つくる時に選ばれた薔薇、名前のごとく芳醇なバラの香りが
ふくいくと漂う、私のとって置きの薔薇です。
82歳になっても、なお青春の輝きを失わないアズナブールに・・・。
アルメニアにルーツのある彼らしい幕開きです。
最初の歌「移民たち」に続いて「悲しみのヴェニス」~~~
18曲休むことなく、自由自在に、時に激しく、詩情豊に、
小柄な身体でステップを踏みながら、踊るように、直接聴衆
の心と身に語りかけるように歌うアズナブールの歌声は、
決して美声とはいえなかったけれど深みと人間的な味があ
るしゃがれ声、その歌声は年を重ねてますます艶を増し、
高音に張りが出ている。
82歳とはとうてい思えない若々しい情熱はまだまだ失な
われることなく、彼の全身に漲っていた。
最後の曲は1957年彼自身の作詞作曲で「二人のとき(素
晴らしい瞬間)」倦怠を迎えた恋の歌で幕が下りた。
われんばかりの拍手に、すぐにステージに戻るアズナブー
ル、聴衆を待たせない彼は二回のアンコールを歌い終えて
なお立ち去りがたそうな感じだった。
もう一度ステージに帰ってきてほしいと願う場内の雰囲気
は熱い。でも彼は去っていったのです。
私は「帰ってきてもう一度、いつの日にか」そう心のなかで
叫びながら・・・。
1991年に一度日本でさようならコンサートをしたアズナブー
ル、きっと、再びいつの日にか帰ってきてくれると私は信じて
いたいのです。
青春とは年齢ではなく、その精神にあるのだと実感させてく
れたアズナブールは歌手でもあり、役者でもあり、そして詩
人でもあるのです。数あるアズナブールの作詞作曲の中か
ら私の大好きな詩(曲)「青春という宝」をここに記します。
人がその手の中に
この豊かさを持っているうちに
二十歳で、明日が
さまざまな可能性に満ちた明日があるうちに
恋がわれわれの上に身をかがめ
眠らない夜々をくれるうちに
見渡すと、行く手はるかに
人生が笑っているとき
希望を散リばめ、喜びと
狂気に満ちた人生が笑っているうちに
酔いしれるまで飲むことだ
青春という酒を
なぜなら、そのときは過ぎていく
われわれのはたちの時は
限られているのだ
そして二度と再び
失われたときは
戻ってこない
去ってしまうのだ
時にはむなしく手をさしのべてみる
後悔する
しかし、もう遅い、人生も半ばになっては
時は止めることができない
いつまでもとってはおけないのだ
青春時代は
ほほえむ前に子供の時代は終わり
気がつく前に青春時代は去ってしまう
それは驚くほど短くて
それを語る前に死ぬことになるのだ
私はこのアズナブールの詩にふれるたび、
「存在の耐えられない軽さ」の作者チェコの作家ミラン・クンデラ
が人間の未熟さについて語っているある言葉を思い浮かべるの
です。「若さの何かを知らずに少年期を去り、結婚をよく知らずに
結婚し老境に入るときも、自分が何に向って歩んでいるのかを
知らない。
