完全に道に迷った。さぁどうしよう。
人もいない、見回す限り人家もない。
テントも寝袋もない。ここで寝るわけにもいかない。どうしよう。・・・
その時、どこからか人の声がした。
声のほうを見ると2人の女性が、山の方に登っていくところだった。
ここは逃せられない。
「すいません、道が分かんないんですけど。目がよく見えなくて」と声をかけながら2人に駆け寄った。
そしたら「来ないで、来ないで、動かないで」と大声で彼女らに制止された。
後でわかったことだが、私のいる砂利道、並走する彼女たちのいる砂利道、その道と道の間は草で覆われて見えないが、下にコンクリートの側溝があったのだ。
そして私の杖を持って「ここは深い溝があるから」と指示してくれた。
そこで私は彼女たちのいる、道路に飛び移った。
「知床のバス停に行きたいが、迷って困っている」と話をすると「連れて行く」と言ってくれた。
彼女たちに支えながら行くと、その道は私が何度も行ったり来たりした、その道だった。
ほどなく1人の女性が「2人でゆっくり来て」と言い残して走って、先に行った。
何なのだろう?
私が間違いと思い戻った、あの敷地のあの階段のあの家・・・その先にバス停があるらしい。
両側に家があり、道がここで行き止まり、そんなところにバスが来るわけはないと思ったそれが間違いだった。
彼女らにお礼を言って別れた。
しかしここがバス停?「なんだここか?」ここがバス停なら何度も見ていた。・・・なんだ、なんだ。バカ者。ふざけている。誰が・俺がだ・・・笑ってしまいそうなこと。
北の果てにて・・・不思議な出会い…
待合室の中に入ると女の人が、「ここに座って」と手を取ってくれた。
先に走って行った彼女は、バス停で待っている人に「目が見えない人なので、よろしく」と伝えてくれたようだった。
ここで彼女にとって、私は喜びの人となった。劇的な出会いはあるものだ。
私もそれは全く同じで、喜びであった・・・
お互いに会いたくとも、めったに会うことができない存在、こんな北の果てで、不思議な出会いとなった。
彼女は私みたいな人に会う事はできなかった。初めて会えたと、とても喜んでくれた。
それは私にとっても同じ、とても嬉しい・・・
話しが前後しまいましたが、実はこんなこと。
彼女は視覚障碍者のための図書CD(デイジー図書といい目の見えない人が聞く録音CD)のボランティア活動を豊橋市(愛知県)でやっている。
つまり小説などを読んで CDに吹き込み、その録音CD(デイジー図書)を全国の視覚障碍者が聞いているということ・・・。
彼女は、私たちの活動を大変に喜んでいる人がいる、と聞いているが、実際にCDを聞いてくれる人に会った事は、今まで1度もなく、私が初めてだという。
だから嬉しいとなったようだ。
実は私はいつでもデイジー図書は聞いている。もちろん北海道の旅にも、持ってきている。
そして私もそんなボランティアをやっている人に、会ったのは初めてだった。
いつも聞く デイジー図書を 離さない それは恋人 友達かもね
《 デイジー図書に生きる力をもらっています 》
ありがとう いつも聞いてる デイジー図書 あなたの声が 輝く世界
今日もまた デイジー図書を 聞いている あなたの姿を 想い浮かべて…
《 吹き込みボランティアに感謝感謝・大いに感謝です。》
さてその後、ウソでなく本当にバスが来た(笑)ので乗ってフェリーターミナルまで・・・彼女ら夫婦より先に降りた。
彼女らは「ここで降りるのですよ」などと最後まで面倒を見てくれた。
道迷い 結果貴女に 遭遇し いったり来たりも 価値ある時間
《 この道迷い、私一人で喜んでいます。 道迷いがあったからこそHさんに会えました。
なにもかも・後になって、想い出になる 失敗も笑える そんな人生がいいな 》
そんな運命の出会いの人に、旅から帰ってきてメールをもらいました。
内容は大雑把には礼文島で私に会って、その話を豊橋市のボランティアの仲間にしたらみんながとても喜んでいたと言うことでした。
私もデイジー図書はとても大切に、また毎日のように聞いていると返信したらそれもみんな喜んでいたようです。
ちなみに今現在は「新田次郎の怒る富士(上・下、合わせて23時間の録音時間」ですが)それを聞いています。
それは群馬県桐生図書館のボランティアが作ったものです。
Hさん、また豊橋市のボランティアの仲間の皆さん、全国で喜んでいる人、いっぱいますよ。
どうぞ朗読のボランティアを続けてください。
デイジー図書、それは私の生きる力になっています。
彼女と別れフェリーターミナルで軽く食べて、桃岩荘から迎えに来る車を待った。
ということで今日の桃岩展望台とフラワーロードハイキングは終わりとなった。
Hさんにも会った。
道迷いも・・・や~い。最高・・・