3回目のエスカラードに思う事 | ジュネーブ半径500Mな毎日

3回目のエスカラードに思う事

12月にはジュネーブで「エスカラード」があります。

エスカラードとは1602年に始まった、ジュネーブを奪おうとするサヴォワとジュネーブとの戦いで、ジュネーブが自治を守りきったことを記念して毎年行われているお祭りです。

大人のマラソンあり、子供のマラソンあり、仮装行列ありで、この雪が降るか降らないかぐらい寒い日に、「今年も寒かったな~」と思わされるお祭りです。

でも、戦いが終わって400年もお祭りが続いているってすごいと思います。

ジュネーブはいってみれば豚のシッポみたいに不自然にスイスから飛び出していて、フランスに入り込んでいる不思議な土地です。レマン湖の周辺としては珍しく平地が多く、交通の関所にもなることから、この土地を欲しいと思った権力者は沢山いたと思いますが、いずれにしても一応ジュネーブはジュネーブとして、言葉はフランス語になりましたが、自治は守ってきたのですね。



近代・現代の戦争で「勝った事を記念してお祭りが出来る戦い」というのはないと思いますし、これから将来もないような気がします。それほどまでに、最近の戦争は、勝者も敗者も痛みが大きい。


さて、そんな400年以上続いてきたこの伝統が、この後も伝えられるだろうと思わされるエピソードを二つ。



エスカラードの象徴でもある、マーミット(スープ鍋)。現代ではこれはチョコレートで出来たお菓子で、集まった人たちの一番年上と年下の人が協力して割る伝統があります。

長女のクラス(小学6年生相当)でも、毎年マーミットを買って、教室で割って食べるのですが、毎年同じクラスメートですから、割る人が決まっている訳です。一番早く生まれたファトウちゃんと、一番遅く生まれたダビッドくん。

そこで今年は、ジョアン君が

「いつも同じ人が割っているのはずるい!」

と言ったそうです。

「ずるい」

という言葉は、私の教師時代でもっとも生徒から聞くのが嫌だった言葉の一つです。

(みんなタバコ吸っているのに、たまたま見つかった俺だけが停学なんてずるい)
とか
(みんなだって買い食いしているのに、たまたま見つかった俺だけが注意されるのはずるい)
とか
「ずるい」という言葉を聞くたびに何とも言えない、嫌な後味がしていた訳で、どこまで戻って「ずるくない」ことを教えなきゃ行けないんだろうかとがっくりきたものです。

で、ここスイスでも、ジョアン君が「ずるい!」と発したのです。

横並びが好きな日本的態度だったら、マーミットを割る人を年齢で決めないで、順番にしてしまうかもしれません、くじやあみだで決めるかもしれません。

「ずるい」という言葉には、「本来与えられるべき権利が与えられなかった」という悲しみとか怒りとかねたみとかを感じてしまうので、過剰に反応したくなります。

しかし、ここはスイス

「毎年同じ子が大きなマーミットを割れるのはずるい!自分だって大きなマーミットを割ってみたい!」と主張した子供に対して、教師は一言

「伝統ですから」

だったそうです。さっぱりしてるなー。

ジョアン君もそれですっぱり諦めたそうですし。

伝統ってほんと、確固たる態度で守って行かないと行けないんですね。





変わって次女(小学1年生)のクラスでは、今日は「エスカラードについての試験」がありました。

その前に、エスカラードのお話を聞かされるのですが、結構すごいんです。



・ジュネーブ人がフランス人に勝った時、フランス人は数えられない程沢山死んだ。

・フランス人の死体の首を切って、胴体を切り離して、首をどこかに刺した



とか、7歳の子供には止めて!と言いたくなるような事を聞かされてきます。

そして、今日、エスカラードの試験でした。

質問 この戦いで死んだジュネーブ人は何人か    答え 17人

質問 戦いは何年に始まったか             答え 1602年

という問題が出たそうです。

授業時間にテストするくらいだから、ジュネーブにとっては本当に「エスカラード」の記憶はとても大切なようです。





子供が公立学校で育つということは、こういう事も含めてスイス化していくことのような気がします。

ではインターナショナルスクールだとどうかというと、それは良く分からないので比較できないのですが。

教育とはやはり何かしらのフィルターを子供に与えることになるのだと、実感します。