スイス ジュネーブからルガノへ フルカ峠越え
夏休みも始まり
スイス小旅行に出かけました。
ルールは
1、スイス国内を通る(近道として近隣諸国を通らない)
2、目的地は前日に決める
3、泊まるホテルは前日、もしくは当日に決める
というもの。
まさに流浪の民
さて
1日目はジュネーブからルガノまで 380キロを行きました。
View swiss small trip in a larger map
ジュネーブからルガノへは、南下してフランスやイタリアを経由して行くのが楽らしいのですが、
今回はあえて、スイスの道路だけを行きました。
その激しかった事。
この日は、朝から大前だった上に
2450メートルもあるフルカ峠(Furkapass)を超えなければなりませんでした。富士山5合目よりも高い峠です。
大雨で視界3メートルという中、フルカ峠を越えるのはとても大変でした。
しかし、この峠を越えるか、ルツエルンを経由して、20キロのトンネルをくぐるかしなければ、山に囲まれたスイス・イタリア語圏には行けないのでした。
峠越えが始まる前から、麓の街はなんだか暗い雰囲気でした。魔の山に向かうような、そんな雰囲気。
悪魔に招かれるように、麓の町を後にして、細い山道を登って行きます。だんだん増えてくるエアピンカーブ。ヘアピンカーブなのに、それでも急な坂道が延々と続きます。
切り立った岩肌を大雨が滝となって落下してきます。
その滝が水しぶきを上げて、別の岩にぶつかっています。
きれいなのですが、そこを自分たちが走らないと行けないっていうのはちょっと。
谷側にはガードレールはないし
山側は落石が怖いし
相当に怖い道でしたが、
こんな大雨でも
ツーリングバイク集団はいるし
観光バスも走るし
路線バスも走るし
そもそも停留所で土砂降りに降られながらバスを待っている人もいるし(雷にあたったらどうすんの?)
運転技術が高いのか、自己責任だから勝手にやって良いのか、
なんだか分からないけれど、スイスってすごい、と底力を感じました。
そもそもこのフルカ峠は、トンネルが出来るまでは、イタリアから物資を北に(スイスとかドイツとか)運ぶためには必須の峠でしたから、いや、本当に、昔の人は大変だったんだな~と思います。
フルカ峠の写真は、あまりに悪天候のためありませんが、
ご参考までにお借りした写真で。
晴れているとこんな感じの峠です。
私は足が地に着いていても高所恐怖症かも。
ヘアピンカーブもきついです。
ある意味、視界3メートルで、周りが見えなくて良かったかも・・・・・・。
そんなこんなで、この日はやっとの思いでスイス イタリア語圏 ルガノへ抜けました。
帰りは同じ峠を通りたくなかったので、北か南に逃げなければジュネーブには帰れない。
いっその事、ミラノまで南下して、フランス経由で帰ろうかな~と、最初の決意をあっけなく揺るがしながら峠を越えたのでした。
スイス小旅行に出かけました。
ルールは
1、スイス国内を通る(近道として近隣諸国を通らない)
2、目的地は前日に決める
3、泊まるホテルは前日、もしくは当日に決める
というもの。
まさに流浪の民
さて
1日目はジュネーブからルガノまで 380キロを行きました。
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ジュネーブからルガノへは、南下してフランスやイタリアを経由して行くのが楽らしいのですが、
今回はあえて、スイスの道路だけを行きました。
その激しかった事。
この日は、朝から大前だった上に
2450メートルもあるフルカ峠(Furkapass)を超えなければなりませんでした。富士山5合目よりも高い峠です。
大雨で視界3メートルという中、フルカ峠を越えるのはとても大変でした。
しかし、この峠を越えるか、ルツエルンを経由して、20キロのトンネルをくぐるかしなければ、山に囲まれたスイス・イタリア語圏には行けないのでした。
峠越えが始まる前から、麓の街はなんだか暗い雰囲気でした。魔の山に向かうような、そんな雰囲気。
悪魔に招かれるように、麓の町を後にして、細い山道を登って行きます。だんだん増えてくるエアピンカーブ。ヘアピンカーブなのに、それでも急な坂道が延々と続きます。
切り立った岩肌を大雨が滝となって落下してきます。
その滝が水しぶきを上げて、別の岩にぶつかっています。
きれいなのですが、そこを自分たちが走らないと行けないっていうのはちょっと。
谷側にはガードレールはないし
山側は落石が怖いし
相当に怖い道でしたが、
こんな大雨でも
ツーリングバイク集団はいるし
観光バスも走るし
路線バスも走るし
そもそも停留所で土砂降りに降られながらバスを待っている人もいるし(雷にあたったらどうすんの?)
運転技術が高いのか、自己責任だから勝手にやって良いのか、
なんだか分からないけれど、スイスってすごい、と底力を感じました。
そもそもこのフルカ峠は、トンネルが出来るまでは、イタリアから物資を北に(スイスとかドイツとか)運ぶためには必須の峠でしたから、いや、本当に、昔の人は大変だったんだな~と思います。
フルカ峠の写真は、あまりに悪天候のためありませんが、
ご参考までにお借りした写真で。
晴れているとこんな感じの峠です。
私は足が地に着いていても高所恐怖症かも。
ヘアピンカーブもきついです。
ある意味、視界3メートルで、周りが見えなくて良かったかも・・・・・・。
そんなこんなで、この日はやっとの思いでスイス イタリア語圏 ルガノへ抜けました。
帰りは同じ峠を通りたくなかったので、北か南に逃げなければジュネーブには帰れない。
いっその事、ミラノまで南下して、フランス経由で帰ろうかな~と、最初の決意をあっけなく揺るがしながら峠を越えたのでした。

