N e w  Y o r k B l o w -NYでもタコ焼きを焼く英国人へ- -363ページ目

私がイギリスを嫌いになるまで vol.1

「いい加減去年のイギリスへの里帰りの話を...」
と思い始めて早1週間。(いや、それ以上かも)
この冬は、持病の喘息に悩まされ続けているので、
書くタイミングを失い続けていた。(単なる言い訳)

病弱なんで、許して下さい...。
病弱なんで...。
病弱なんで...。(もうエエって?)

私とマロは昨年の12月23日の晩にイギリスへ旅立った。
何故イギリスなのか?
それは、マロがイギリス人だから。
もっと簡単に言えば、単なる「里帰り。」
能が無い...。(と思うのは、大阪生活が長かったせいか?)
だけど行く度に新しい発見が有るので、
楽しくも可笑しい経験が出来るので行く意味を見出せる。
(深読みしないで下さい(-_-;))

毎年帰国するのは大体この頃にして居る。
クリスマス直前の22日まで仕事して、
23日の晩に出発すると翌日の朝8時前(英国時間)に到着する。
大体搭乗時間は7-8時間程度で、
一人1個づつのスーツケースに日本から送って貰った土産、着替え、
夫々が夫々へのクリスマスプレゼントを持って行くので、
どうしても大きな物になってしまう。
特に日本から送って貰った物は、
全部持って行きたいと思うからいつも行きはパンパン。

タイムテーブルでは07:35とか45等の朝7時台の到着なので、
その後マロの実家へ向かう足を探そうとネットで、
イギリスの国内旅客輸送関連のページを探っていると、
「何やってんの?」と聞かれたので実家迄のアシを探してると言った。
すると相方は一言、「電車やバスは待ってても来ないから」と、
マロ父のお迎えの約束を取り付けていた。(素早い!)

だけどそんな時間に来て貰おうと思えば、
実家からマンチェスター空港迄約1時間、
朝起きて支度する時間を入れるとフライトの到着時間よりも、
2時間前に起きなくてはならない=朝5時台に起きる!!
子の世代の私が、我が親から頼まれても嫌な条件なのに、
マロ父は迎えに来てくれるというのだ!
ありがとうぉぉぉぅっ!おとうさんっっっ!!(いや、マジで)

日本人の感覚から言えば、幾ら親でも、
こんな悪条件な事を頼めたとしても、余程の状況でないと頼む事は無い。
ってか、「頼めない。
それも我が親ならまだしも、「相方の親」にだなんて、
絶対「無理」!!
しかしそれを普通に頼んでしまうマロは、スゴイと思う。
(この辺が、いかにも「ガイジン」な感覚だ)

おまけに「お父さんは、朝4時には起きてるから大丈夫」と
笑い乍ら言ってのけた。
それ以上に、「頼まれて迎えに来てくれる」マロ父はもっとスゴイ!
(それよりもイギリス人自体が信用しない公共交通機関って、
 いい加減どうにかならんのかっ!!)
っていうのが、初めて一緒に里帰りした時の話。
それからずっとこれは続いている。(=公共交通機関の不安定も継続中)

って事で、ニューアークからのフライトは無事マンチェスターに到着。
入管を通過しスーツケースを取り、空港出口へ。
すると、一発で判るイギリス人顔の「マロ父」が直立で登場。
マロとハグ&キスで再会を祝い、私には「???」の、
バリバリのリバプール弁交じりの「えげれす英語」で会話。

そして一連の行為を終えるとマロに隠れる私に目を遣り、
マロ同様に目一杯の笑顔で私を歓迎し迎えて下さった。
マロ父は、私に対しては毎度判り易い「方言無し」の英語を話して下さる。
西洋人にしては超珍しく私の弱点を気遣い、
話し方を変えて下さるというのには、毎回毎回、感謝し頭を垂れるばかり。

そこから駐車場へ移動し、マロ父の車に荷物を積み込み、
マロは助手席、私は後ろに座り実家迄の1時間程、
1年ぶりの親子水入らずの時間となる。
その間、私は寝ると言いつつも、
耳を10倍のダンボにしてリバプール方言のリスニングの練習。
といいつつも時差のせいでまだ眠いのも手伝って、
激務の後のフライトな為に眠ってしまった。

「ぐー...んぐぁ...んぐぁー...ごぉぉぉぉぉっ!!
 すーー...んぐぁー...んぐぁーーー...ぐぐぐぁぁぁ!!」

マロ父が運転席で聞こえる、高鼾で寝ていた。
ヒィ~~~(;;゚Д゚)
そして、この高鼾は実家に着いてマロに起こされる迄続き、
口元からは、透明な光る物体がタレていた...。


つづく。