N e w  Y o r k B l o w -NYでもタコ焼きを焼く英国人へ- -248ページ目

4度目の再会

今年も、またこの日がやって来た。
4度目の、9・11。
今年も追悼式典が予定されていたので、
それに参加すべく6時頃に起きて、
私なりやり方で身を清め、
早く着く様に数珠を持って7時頃に家を出た。

相方にも行くかを聞いたが、
「まだ行きたくない」と言うので今年も別行動。
現地には州・市・地区の関係者は勿論、
様々な種類の「制服組」も沢山居て、
既に約3、000人の被害者の遺族も沢山来ていた。
そして、皆が亡くした家族の写真を手に手にしていた。

毎年この日にしか会わない親子と今年も会い、
子供の成長を見て時間の流れの速さを実感した。
未だよちよち歩きの子供だったのに、
今ではもう幼稚園に行っているほど。
この子が大きくなっても亡くした親の記憶が無いのは、
本当に悲しい事だ。

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上-中:テロ生存者がガイドするグラウンド・ゼロ・ツアーに参加する
     パタキ知事、ジュリアーニ前知事、ブルームバーグ現知事
  下  :ポートレイト9/11/01を朗読する、女優カーラ・ブォーノ

今年は水槽に花を浮かべる行事が組まれ、
消防士の息子を亡くした母親はスピーチ台で、
「正しい選択をして、兵士を撤退させなさい」とブッシュに意見し、
長引くイラク駐在に苛立ちを隠さず、
他の多くの遺族からも同様の意見が聞かれた。

ブルームバーグも言及したカトリーナの援助の遅れも、
イラク派兵を優先した結果だとも言われているだけに、
とても厳しい状態。

色んな思い出が、沢山詰まったツイン・タワー。
高層階のレストランにも何度も行った。
相方はツイン・タワーが崩れていく映像や、
それを連想させる痛々しい画像は未だに見たがらない。

私は忘れる事の無い様に、
あの日の取材した映像を脳裏に焼き付ける様に何度も見た。
そして何度も鳴り止まない消防車・救急車の音を思い出した。

あの日、助かろうとツイン・タワーから飛び降りた人が、
地面や周辺の建物に落ちた鈍い音や、
泣き叫びながらビルから逃げ走る人の声を何度も耳にした。
多くの命があの場所で一瞬にして消えた事を、
死ぬまで忘れない為に。