N e w  Y o r k B l o w -NYでもタコ焼きを焼く英国人へ- -223ページ目

密かな時間-1-

何か色々と忙しくなったり、
色んな事が起こったりすると、
精神集中する為に、
私は墨を磨る。


*硯はまだコレ!ってのが見つかってないので、
  ¥300のセラミック製。墨は大好きな青墨で¥4,500。


墨を磨っては色んな事を頭の中から追い出し、
あーでも無い、こーでも無いと、
色んな事を考えがちなのを止めて、
一心不乱に墨を磨る。

磨っていくと墨に含まれた香りがほのかに上り、
その香りが私の脳をリラックスさせ、
只管墨を磨り続ける。

ヤな事が多い昨今、
墨を磨る機会も増えているのだが、
磨らない日が続く事を祈るのみ。
仲々そうもいかないけど...。

そして磨った墨で書くのは、
























習字
























実は子供の頃から習字好き。
習った切欠は、利き手の矯正の為。
親に行けと言われた訳じゃなくて、
自分から矯正しようと思い習字に通い出した。

丁度同じクラスの子の叔母さんが師範免状を取ったので、
教室を始めるからその子と一緒に通う事にしたのだ。
習字の前後に遊ぶ約束をしていれば、
その頃には腕時計も持っていない子供の私には、
忘れる事無く通えるのも大きなメリットだった。
時計代わりの友達は、いい役割だった...。

左利きの私は事有る毎に、
幼稚園や学校の同級生の親から、
「●●ちゃん(俺ッちの本名)、左利き?直さないの?」と口々に言われた。
子供ナリにウチの親に対しての皮肉や、
密かな非難だったと解って居たが、
ウチは祖母が左利きだったので両親共、
「隔世遺伝だ」と言って別に直す事もしなかった。

その言葉の奥に隠された、
「風習に習わず自由を貫く私と親への羨望」が有った事を、
幼稚園児の私は既にその時知っていた。
当時の子供で左利きと言うのは、かなりの社会的ハンデ。

一度左利きの同級生の子の家に遊びに行った時、
その子は家で夏場でも長袖のシャツを着ていた。
それも、その長袖の手口を縫い閉じて、
左手を使えなくしたシャツを...。

当然その子の親は左手で何かをする事を極端に嫌い、
全ての事を右手でさせようとしていた。
食べる事は勿論、皿を持つ事から、鋏や包丁を持つ事、
コップを持つのさえ皆右利きに直そうとしていた。
子供ながらに、そこまでする必要性は何処に有るのかと、
大人の怖さを思い知った瞬間だった。

祖母は物心着く頃には他界していたが、
生前私の左利きを直すなと言ったそうだ。
理由はただ一つ、
























性格悪くなるから
























元来の「性格」である利き手を直すのは、
性格自体を直す事だから、
それに触れるのは為らんと言うのが、
祖母の言い分だった。
ウチの親も共働きで面倒だったのもあってか、
直さなくても良いと言われた。

だが何かする度に、新しく人と出会う度に、
「左利きなの?直さないの?」と言われたせいで私は、
だったら「右」でも書いてやろうじゃないか!!と思い、
いつか、いつかと時期を伺っていたのだ。
(怖い幼稚園児じゃ...)


 *大筆は¥14,000、小筆は¥3,500のチョー高級品!
   筆圧の加減が難しい俺ッちには、高いけど最適の筆。


それが同級生のこの叔母さんの免許取得に伴い、
新規開業の習字教室が出来たのを「この時だ!」と思って、
早速親に頼んで月謝を出して貰う事に。
親も、玩具や菓子を買う、遊びに使うという訳じゃないので、
嫌な顔せず厳しい家計から何とか毎月捻出してくれた。

実際やってみて或る程度やって解ったのは、
幾らやっても根本からは直らないということ。
早い時期に気付いた事だったので、
気付いた段階で親に話し、
「初段取ったら辞める」と目処をつけた事を宣言した。

子供の通い事とはいえ毎月定期的に金が出て行くのは、
それなりに家計に響く。
だからさっさと初段を取って、早く辞めようと思ったのだ。
(同時に算盤も習っていたから、尚更)

結局稽古開始後3年4ヶ月程で初段まで進級出来たので、
出来た月の翌月には早速辞めていた。
昔のボンさん(坊主)の様に礼儀には厳しく、
同時に手本を良く見る事を教えてくれた先生の下を離れ、
その後学校の授業で習う位で全く離れていた習字を、
2000年から習い始めたのだ。

習字は、今でも続けている。
精神集中の為、
字の上達の為、
自己向上の為...。
理由は彼是有るが、
一番の理由は、
民族意識向上の為だ。

矢張り外国になんて住んでいると、
アイデンティティの向上は常に問われる事なので、
否が応でも計らねばならないことの一つだ。
日本人である事を前面に押し出すのではなく、
日本人である事を覚えておく方法の一つなのだ。
その方法としての役割をかなり上手く果たしているのが、
私にとっては習字なのだ。

今日は墨を磨ったついでに、
私の愛しい人の名前を書いてみた。
どうしても一列に書いてみたかったので、
ちょっと変なバランスになっちまった。
勿論、今日のこれはその愛しい人へ捧げます。

























 *我が心の師、「ズンドコ師匠」しまりすさんへの、
   迸るを込めて書きました...。
   (え?!そんなもん、込めるなって??もう遅いよ...)



























今夜、
魘されない様に...

(魘されそうな色でしょ?別名:三輪明宏カラー








































万一魘されたからと言って、
呪いは掛けないで下さい。
お願いします!