久しぶりにヒプノセラピーのセッションをしました。


チャネリング・リーデイングセッションがほとんどなのでとても新鮮でした。


とても深いきずきを得られて帰っていかれました。



ヒプノセラピーは潜在意識にアクセスしていき、意識されてない抑圧された感情を解放し統合をはかっていきます。


過去世・胎内の時代・インナーチャイルド・サブパーソナリテイ・中間世・臓器などの体内ヒプノ・夢ヒプノなど必要に応じてどこの領域にもアクセスできます。

潜在意識は批判・判断機能をもたず与えられたものをそのまま受け取り、そのまま蓄積していきます。


また現実と想像を区別することがなく、倫理時間空間の影響を受けることがありません。


また潜在意識は目が覚めているときでも、眠っているときでも24時間休まず活動しています。


例えばわれわれが眠っている間にも、心臓の鼓動・呼吸・食物の消化・新陳代謝・ホルモンの分泌など、体の機能を絶え間なく動かし続けてくれるのも潜在意識の働きによるものです。


なので肉体と精神は、深くつながっているのです。



ヒプノセラピーでは全てのセラピーにも言えることですが、1回1回どうなりたいかという意図を明確にしていきます。


もしこれさえなかったらこうなれるのに…

困っているクセや状態をやめたい… 改善したい…

やめたいのにやめられない… この状態はとても苦しいです。


極論から言うと必要があってその行為をしているのです。


その状態をつらくても続ける意味があるので続けているのです。


そうして自己を守っていたりするので、その部分を排除するのではなく受容してほしいなと思います。


まずその意味を感じて知ること。


知った上でどうしていくか?


具体的に日常でどう変えていくか?


日常の中で意識化して行動していくことが大切になっていきます。



じっくりクライアントさん自身が体感していけるので、ご自身の人生として捉えていけるのでとても深い解放がおこります。



    感 謝







 観世音 (かんぜおん)

 南無仏 (なむぶつ)

 興彿有因 (よぶついん)

 興佛有縁 (よぶつうえん)

 佛法相縁常楽我浄 (ぶっぽうそうえんじょうらくがじょう)

 朝念観世音 (ちょうねんかんぜおん)

 暮念観世音 (ぼねんかんぜおん)

 念念従心起 (ねんねんじゅしんき)

 念々不離心 (ねんねんふりしん)



このお経はとても短いお経です。


難病を患いだれもなすすべもなく必至でこのお経を唱え奇跡がおきたというありがたいお経のようです。



人が無心に祈る時、ものすごい力が働くのは人の中にある大きな力がでるのか?


天と宇宙の偉大なる力がはたらくのか?その両方なのか?

 

私と出会った住職さんは 「 とにかく祈れ! 考える前に祈れ! ひたすら祈れ! 解釈はいらない! 身体で覚えろ!」 と教えられたので、よくわからないけれど真言・お経を日常の中にとりいれてきた。


確かにいろんなきずきや体験をさせてもらってきた実感があります。



人は理由を原因を知って納得したい生き物ではあるけれど
時には、ただ祈る無心にという事もあってもいいんじゃないかな。

意味のない無駄といわれる時間の中にも宝はいっぱいちりばめられている。



速さを求められる時代ですが、昔から変わらない普遍的なものを大切に生きたいなー …



  感 謝




歩いていたら、

          「あれ? こんなところに…?」

                                 近寄ってみた…。


そしたら中に妙見菩薩さんがいました!!

そもそも菩薩さんや観音さんは、如来になるための修行中の仏様(観世音菩薩=観音さま・千手観音菩薩・文殊菩薩・地蔵菩薩ほか)と言われています。


私達に近い存在として働いてくれると仏教ではいわれています。


人は様々な願いを持つため、仏様もたくさんいます。


優しい顔をした仏様も女性ではなく、男性とか女性とかを超えた存在で、人間界でのお姿といえます


その妙見菩薩さんですが”菩薩”と名がついていますが北極星を神格化したつながりがあり、天部と呼ばれている弁財天や毘沙門天など天部に続する菩薩さんです。


妙見というのは「真理を求めるもの・善悪や真理を見通すもの」という意味があります。


「こんにちは!はじめまして!」と挨拶するとものすごい暖かい至福の光、恵比寿さんのようなユーモラスな達観した力強さをはなっていました。


言葉で表すと、俗っぽい人間が捉えられる感覚では計りしえないものがそこに鎮座しているという感じでした。


私が受け取ったこの感覚は今の自分に必要なものなんだろうな~


笑いとユーモラスが色んなことを受容するんだよ、シビアになりすぎてはいないかい?と頭をなでられているような感じでした。



    感 謝