日々の生活の中で人から言われカチンとくるこっとってあります。
気持ちに余裕がない時、悪戦苦闘しながら自分なりに努力しているのに追い打ちをかけて駄目だしされたり。こちらの状況おかまいなしにその状況がやってきます。
本当に学びですね。
何時もなら流していたことがどうしても今日は、はっきり言いたかったのでくいさがった所、相手は、ものすごい怒りで反撃してきました。しかももっともらしい理屈をとうとうと述べていますが、
そもそも相手は、自分の中のうさばらしと私に対して想いの通りには、させたくないというエネルギーで充満していました。
相手は、変えられないしそういう相手を理解したいという想いあがりが、日々のなかでどんどん負担になって行き、相手の問題まで引き受けようとしていたことが、爆発した瞬間でした。
勝手に相手の問題を引き受けておきながら、許せない自己否定されている気持ちになりました。
時間を置き落ち着いて私はその否定的な相手に対してどうしてほしかったのか自分に聞いてみました。
こちらの大変さをほんの少しでも理解してほしい。自分を受け入れてほしい。
その時、はっとしました。
本当に理解してほしかったのは、相手ではなく母親だったんだという幼い頃の映像が出てきました。
私の母親は、理屈で白黒はっきり線をひく生き方で子育てにもいいか悪い、大人の考えを求めてきました。
なので、たわいもない子供同士の遊びや子供ならではの楽しみは、体験として少なかった記憶があってみんなみたいにもっと友達とすごしたかったという場面が出てきました。
その想いを駄目よという自分にとってわけのわからない理屈で却下され否定され悲しかった感情がでてきました
すごく意外でした。
自分のなかのさっきまで煮えくりかえっていた言葉が、どうでもよくなっていきました。不思議ですね
相手の言葉の中に母を投影していたんだなーときずきました。
宇宙は、わたし達の心の中の何に光を与えてその今この瞬間を写し出しているのでしょう。