二年前の二月に夫が突然会社へ行けなくなった。
適応障害になってしまった。
前兆はその前からあった。
会社の愚痴が増え、会社で唯一味方だった同僚が退職をし、それを境に夫は食事が取れなくなった。
このままではまずいと思い、とりあえず栄養素の入ったゼリーを飲ませ、WEBや図書館に行きうつ病の事を色々調べた。
夫は当日49歳。
30歳の時にもうつ病の様になったらしく、一度病院へ行ったが未知の世界が怖くて通院が出来なかったそうだ。
37歳で私と出会い、それからも何度かうつ病らしき症状が確認出来た。
会社とうまくいかなくなる→朝家を出る時に嗚咽→退職
仕事を変えれば症状は落ち着いていた。
そして今回…
以前とは大きく違い環境の変化がある。
犬を飼い、結婚をし、子供もいる。
収入が減ってしまっては、仕事を簡単に辞められては困る。
しかし夫は会社への連絡が出来なくなり、代わりに私が上司に連絡を取った。
病院へ行こうと精神科を探した。
病院に付き添って代わりに説明した。
適応障害と診断され、以降一年半程の通院が始まった。
とにかく切り詰められるものは切り詰めようと思った。
生活用品はほとんどPB商品にしたり、洋服も売れるものは売って、食器も最低限の枚数まで減らして。
食費も削った。
牛肉を買うのをやめた。
100g88円の豚こま肉を小分けにして、100g58円の鶏むね肉を小分けにして冷凍した。
家事もなるべく減らすために、洗濯物も畳まずに済むようにし、ご飯もワンプレートで済むようにした。
幸いな事に夫が勤めていた会社は傷病手当が申請出来たのが唯一の救いだった。
でも、生活費が全て賄えた訳じゃない。
足りない分は私の貯金からやりくりしていた。
当時夫はゼリーしか口にできない日々が3日程続き、固形物が食べられるようになっても会社へは行けず。
毎日何をすることもなくリビングで横になりただテレビを見たり趣味の動画をスマホで見たりするだけ。
家の事、子供の事、犬の事は何にもせず。
辛かった。
犬の散歩をしながら神社の横で一人で泣いた。
幸せって突然崩れるんだって、
夫からすれば、何かをする事ができない。
私も、頭では分かってる。
でも目の前でずっと居られるのは苛つくし、しんどい。
だから外へ出た。
小学校でPTAをやった。
夫が病気になり、小学校に入ったばかりの子供が心配だったから。
遠くからでも子供を見守っていたかった。
次第に夫の症状は段々とは良くなっていった。
秋には会社にリハビリとして数時間だけの出社を開始し、復帰に近づいてきたが…
人生そんなに甘くはなかった。
復帰しても以前の様に給料はあげられないと。
そして病気の発症のきっかけになった人物の再パワハラ。
夫は会社を辞めた。
幸にも知り合いの伝で直ぐに再就職はできた。
適応障害と診断されて一年半が過ぎたけど、まだ以前のようには戻っていない。
また再発しないかとヒヤヒヤしながら過ごしていた。
あれから三回目の二月…