自分達が学んできた日本史の内容には多くの疑問点がある、
というような内容を書きました。
そして、
以前の私の blog でも書いてきましたが、
日本史に限らず、世界史においても、
歴史教育の中では、
数多くの脚色がなされているようです。
全般的に見て世界史は、
キリスト教勢力を中心とする Europe 目線で書かれています。
更に、
その Europe から派生してできた America は、
その歴史において、
かなりの装飾が成されているようです。
そこで今回は、その、
America 史における脚色の一例を上げてみたいと思います。
というか、今回の話は、
America 史が始まる以前の、
新大陸を発見したと言われる、
Christopher Columbus にまで溯ります。
Columbus といえば、
多分、歴史の授業では、
インドへの近道を探して、
西回り航路で航海したが、
America 大陸に着いてしまった。
しかし Columbus はそこをインドと思い込み、
北米大陸の住民は Indians と呼ばれるようになった。
この考えが主流で、
そのように教えるはずだし、
ほとんどの人達がそう考えていると思います。
しかし、この記述にも、実は、
致命的な矛盾があるというのです。
そこで、例によって、ここでもまた、
よく考えていきたいと思います。
そもそも、Columbus は、
なぜインドへの近道を探そうとしたのしょうか?
その理由は、当時、
既に Europe とインドの間では交易があり、
そのインドに至る近道を探そうとしたからです。
しかし、当時の Europe では、
インドへの航路は、Portugal が、
Africa を南下して向う東周り航路を通じてインドとの交易を牛耳っていたので、
Columbus は、
西回りの近道でインドに辿り着く道を模索した、
と言われています。
ということは、
Columbus 達がインドを探して航海に出発した時は、
彼らは既に、
インド人達がどういう人達か知っていた、
ということになります。
しかも彼らは、
ご丁寧にインドに着いたときの為の通訳まで船に乗せていたそうです。
しかし、Columbus 一行は、
インドに着くかわり、
中米地域の Bahama 諸島に漂着します。
既に書いた通り、その当時、
交易を通じて、
インドと Europe の間では往来があった筈なので、
Columbus 達には、
インド人の服装、文化、伝統、
そしてどのような言語を話すかといった、
予備知識は既にあった筈なのです。
つまり、Columbus が、
航海士にしては稀に見る方向音痴で、
自分のいる位置が良く分からなかったといしても、
Bahama 諸島の住民達を見て、
彼らの服装、文化、生活習慣などを見て、
そして更に彼らが話している言葉を聞けば、
彼らがインド人でないことは、
一発で分かったはずなのです。
つまり、
Columbus が Bahama 諸島だとかに漂着し、
そこをインドだと思い込んだなど言う話は、
真っ赤な嘘
だったということになります。
Columbus は、
インドへの新航路を探す船出に際して、
Spain 王室から、
多額の資金援助を得ていました。
彼にとっては、
手柄をたてた報告無しに Spain に帰りたく無かったので、
そんな姑息なうそを作ったのかも知れません。
しかし、不思議なことに、
Europe では、
この Columbus がついた嘘が浸透し、
その後は北米大陸に住む原住民達が、
「インド人」と呼ばれるようになります。
Indians とか、
インディアンと書くと感じが出にくいので、
ここではあえて「インド人」と書きます。
その後、
Amerigo Vespucci という商業航海士が、
南北 America を大陸と認識して発見、
この人の名前にちなんで、
この南北の大陸が
“America”
という名で呼ばれるようになります。
更にその後、今度は England から、
Puritan(清教徒)だとか呼ばれる人達とか、
その他諸々の人達が北米にやって来て、
彼らは、自分達のことを
「American」
と呼ぶようになりました。
しかし、American という呼び名は、
彼らが勝手に付けた呼び名であって、
彼らはイギリス人だったのです。
その、イギリス人達が、
北米大陸に辿り着いた後、
右も左も分からず困惑しているところを助けたのが、
大陸にいた先住民達でした。
その、お世話になった原住民達達を、
イギリス人達は殺して、
彼らの土地を奪い取った。
これが史実です。
しかし、上に書いたような流れを通して、
イギリス人達は America 人と呼ばれ、
北米大陸の原住民達はインド人と呼ばれるようになっていたので、
歴史の本においては、
「America に住む America 人達が、
インド人達を排斥して自分達の国を打ち建てた。」
と表記されることになったわけです。
こんな書き方だとまるで、
America の本来の所有者達が、
よそ者を追放したような印象を与えます。
つまりこれら一連の、
名前の付け方一つ一つに至るまで、
侵略者達による入念な
「印象操作」
が行なわれていたことになります。
America は、こういった
「詭弁」
とも言うべき、
言葉の遊びみたいなことを幾度と無くやってきました。
America という国は、
歴史の初めから、
大もとの土地の所有者達から非道な手段を用いて土地を強奪してできたという、
闇の部分を持っている国です。
それ故に彼らは、
自分達が犯してきた非道を正当化するために、
虚飾に満ちた歴史を世界に伝えていくことになったのでしょう。
その後の America が辿ってきた道についても、
もう少し書いてみたいのですが、
ちょっと長くなってしまったので、
次回もまた、
関連した内容で書いていきたいと思います。
にほんブログ村
にほんブログ村