「Cult」の定義とは? | Subaruのブログ

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Israel 国が Palestine の地に建国されて以来、
今に至るまで、
この地域で多くのパレスチナ人達が殺されていることを、
この blog を通じて書いてきました。

私が、この、
パレスチナの情勢に関心が行ってしまうのは、
この問題が、
今までの世界の歴史を集約するほどの、
人類に宿題というような、
背後に根深い内容を抱えているからではないかと思います。

今回はこの件について、
もう少し本質的に、
深く掘り下げて考えてみたいと思います。

だいぶ前のことになりますが、
オウム真理教という宗教団体が、
東京の地下鉄の駅でサリン・ガスを撒き、
大勢の人々を殺傷しました。

その結果、オウムは cult 認定を受け、
宗教法人の認可は取り消され、
組織は解散させられました。

あれだけの人々に、
大変な危害を加えたんだから当然だと、
誰もが思うでしょう。

では、ここで質問です。

Palestine において、
ユダヤ人達は、先住民達を、
オウムをはるかに上回る規模で殺しています。

あれは Cult とは言わないんでしょうか?
彼らのやっていることは、
テロとは言わないでしょうか?

後もう一つ。

Israel 国が建国された時、
世界中の Christian 達は、

「神の約束が成就された!」

と、
シオニスト達が Palestine で行なった行為を肯定し、
美化さえしました。

しかし、人間目線で見るならば、
シオニスト達のやっていることは、
侵略であり、
「民族浄化」level の殺戮であり、
略奪行為です。

オウムは、多くの人々を殺戮しましたが、
実行犯は、一部の信者だったと思います。

それでも、
オウムという団体自体が連帯的な罪と責任を負い、
解散させられたのです。

「自分は実際の殺人には関与していない。」

などという言い訳は通用しません。

ではここで、
もう一つの質問。

キリスト教は、、、、

どうなんでしょうか?

そもそも、
Cult とは、一体何でしょうか?

Cult 団体というものは、

現実の社会において施行されている現行法とは別に、
その団体自体に別の法規や教典があり、
その法規を守る為なら、
現行法を犯しても構わないと考えている団体。

それ故、
反社会的団体と認定されるのではないでしょうか?

シオニスト達がやっている、
侵略、殺戮、略奪行為を正当化する発想は、
Palestine の地に住んでいた先住民達の生活を破壊し、
彼らを混乱に陥れました。

こういった行為が正当化されてしまうのは何故か?

こういった発想は、
元を辿れば、
実は、

「聖書」

に辿り着いてしまうのです。。

一つの例として、
聖書の中で英雄の一人とされている、
「モーセ」という人物を上げてみましょう。

この、モーセなるこの人物は、
Egypt に住むユダヤ人だったのですが、
ある時、
当時 Egypt に住んでいた Israel 民族を連れて、
彼らの祖先である Abraham という人物が神から与えられた土地だという、
Canaan という地に帰還します。

しかしその土地には既に、
他の人々が住み着いていました。

それにも関わらず Israel 民族は、
先祖が昔住んでいたという言い伝えを根拠に 、
Canaan の原住民を殺しまくり、
彼らの土地を奪い取ってしまったのです。

世界教典となった聖書には、
この、Moses 率いる Israel 民族の行為が、
神の栄光を表す武勇伝として記録されています。

しかし、
彼らのやった行為を人間目線で見れば、
それは完全に、
侵略、略奪、民族浄化、所有権侵害、
大量殺戮、器物破損行為です。

Abraham という人物の存在も、
神との約束も、
証明など出来ないし、
何の法的効力もありません。

Canaan の地の占有権は、
その土地に住み着いていた先住民族であった筈です。

聖書に出てくる選民達とは、
この地上における所有権とか、
占有権とか、抵当権とか、社会通念とか、
一般常識とかの概念が通用しない人達だったのです。

単なる昔起った話しでは済まされません。

Palestine を侵略したユダヤ人達は、
自分達の姿を、
モーセやダビデに重ね合わせながら、
パレスチナ人達を攻撃しているはずだからです。

聖書にはいいことも沢山書いてあるし、
ユダヤ・キリスト教徒の方々にも、
素晴らしい人々が大勢いるでしょう。

私も、何かや、誰かを批判したり、
非難する目的で書いているのではありません。

しかし、
明確に非道を正当化する内容が記述された書物を教典とする宗教が存在し、
それが今に至るまで、
戦争の道具として利用されてきたのだとしたら、、

これは無視できない問題だと言わざるをえません。

ユダヤ・キリスト教の問題に関しては、
私の blog で今までも取り上げてきましたが、
これからも、
書き続けていかざるをえないと思うのです。


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