「異端」から始まった教え | Subaruのブログ

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最近、Interet をよく見るようになってから、
異端宗教だの、
カルトだとかを取り扱っている 記事を見るようになった。

その中でよく見るのが、
異端宗教は聖書の内容を曲解してるとか、
聖書の内容と一致していないとか言う指摘だ。

この主張についてなんだけど、
曲解も何も、私は、
「聖書自体が変な本だ」
という流れに至ってない事をむしろ不可思議に感じる。

つまり、聖書という、
元々おかしな本に根拠を置いておきながら、
真理を説こうとする事自体が、

おかしくないか?

と言っているのだ。

聖書には、何十年、何百年とか、
何代とかいう数字が出て来るので、
あたかも歴史書のような印象を受けるが、
その年数とか、
史実としての信憑性なんて、限りなく乏しいと思うし、
そもそも、
聖書にでてくる人物なんて、本当にいたかどうかなんて、
客観的証拠などほとんどないはずだ。

しかも、聖書は一神教の本のはずなのに、創世記などには、
神が「私たち」と言ったり、
「神の子達」などという、
多神教を思わせる記述も出てくる。

一例を上げると、
「ノアの洪水物語」の話など、
大体、何千・何万年の大昔に、
地上に悪がはびこってたなんて、誰が見てきたんだ?

大昔なんて、原始共同社会で、結構みんな助け合って、
今よりも犯罪の少ない社会だったかも知れないのに、
誰も確かめようがないのをいい事に、
悪がはびこっていたと決めつけているのだ。

しかも、40日の洪水で、
鳥をも含めた全ての生き物が溺死したなんて書いてある。
じゃ、今生きてるおびただしい種類の動物達は、
どこから湧いてきたのだ?

聖書には、ノアの箱船に、
全ての動物をつがいでいれたなどと書いてある。
ということは、
キリンも、象も、熊も、ゴリラも、
山の上に創られた箱船に入れたのか?

おーい、
ここでちょっと、つっこんでもいーかなー?

四次元ポケットかよ!!!???

大昔、どこかの地方で大洪水があったという文献はあるそうだ。
古今東西、自然災害というものはいつでも起こりうる。

大洪水が起った時、誰かが神のたたりだとの言って、
洪水神話を残したみたいなので、聖書の著者が、
その神話を arrange して自分達の本に載っけたというのが、
話としてよりつじつまが合うと思う。

そういえば、異端の教団は、
教団発行の書籍の中で、パクリ、捏造、
でっち上げをしているそうだが、
そんなもんは、
聖書の中に全部ある。

それから、これは知っといて損は無いと思うのだが、、
異端の教団は、
「恐怖心を煽る」
「集団意識を利用する」
「何度も同じ事繰り返し言って、
信者の心にを刷り込みをする」
などの Mind Control をしているというが、

実をいうとこれも、、、

そういった手法は、聖書の中に、
何千年も前に既に、全部網羅されているのだ!

正直、そのことはよく知らなかった。
その点は勉強不足だったかも知れない。

だが、実を言うとそれらのカルト的手法は
「聖書は神のみ言」という、
強力な自己暗示が掛かっていると、
読み取れない仕組みになっているから厄介だ。

べつに、爆弾発言って訳でもないけど、

「神のみ言」という既成概念を取り除いてよく読んでみれば、
聖書という書物はむしろ、

「カルトのタネ本」

とさえ言ってもいいと感じている。

「洪水審判」の話だって、
聖書開いて数ページしか経ってないのに、
いきなり神自身が、全人類皆殺ししてんだよ。

神の心情とか、
何千年も待ったんだとか、
ノアが箱船を創る間120年待ったんだとか言われても。
心から納得できない。

それよりも、この物語こそが、
「神は自分に従わない者達を無惨に殺す。」
という印象操作をするための、
いわば、カルト手法の「初めの一歩」と考えた方が、
すんなり納得できる。

こう考えれば、どこかの教団の
「日本沈没の予言」など正に、
この、何千年も前に使われた古い手法の
焼き増しに過ぎないことがわかってくる。

こう考えることによって、
こんな使い古された手法が、なぜ分からなかったんだろう?と、
容易に「気付き」にいたる事が出来るのではないだろうか。

よく考えてみたいのだが、
一体全体、聖書とは、誰が書いたんだろうか?

聖書を書いた宗教民族とは、その当時、異端だったというのは、
ご存知じゃないかと思う。

では、どれほどの異端だったかというと、、
そんじょそこらの異端ではない。

何百年にも渡って、
周辺諸国を阿鼻叫喚と恐怖のどん底に突き落とした、
超ド級の激ヤバ系の「自称」神の選民だったのだ!

ちなみに、この選民達が、本当に神の選民かどうかの、
科学的、客観的証明など、今に至るまでなされてない。

例えば、もしあなたが、
ある異端の宗教団体を知っているとしよう。
その団体の信者達がもし、

とりあえず毎日ご飯を食べれて、
とりあえず雨つゆしのげる館に住めて、

他人様の住んでいる家に入って金品を強奪したり、
そこに住んでいる人達を殺したりとか、
そんなことことをしなくてすんでいるのなら,

その団体は、本家本元の異端民族よりは、
まだましだという他ない。

それくらい超危険な民族だったのだ。

その異端宗教民族が、
自分達のやった行為を正当化した本が、
何の因果か、
世界教典と言われるまでの地位を占めてしまったのだ!

そんなおかしな教えが真理と信じられてる世界が、
まともでいられる訳がないじゃないか、
と私は思ってしまうのだ。

今、正当派とか言われる一神教系の団体は、
その聖書の中に記された、
恐るべきカルト性をなるべく表に出さず、
「隣人を愛せよ」といった、
誰でも納得できる言葉を前面に出して、
当たり障りない、人畜無害なことを教えているからこそ、
この社会に、特に問題なく存在できているんだと思う。

異端の教団というのは、
聖書の中に脈々と流れるカルト的手法を学び、
その部分を厳選に抽出して、
現代風に Arrange して実践していると言っていい。

だから、そもそもタネ本の聖書からしてすでに
十分おかしいんだという事を学ぶことによって、
その枝葉的存在である、
異端だ、カルトだとか言われる団体にも、
一気にまとめて対処していけるのではないかと思う。