イエス様の最後の瞬間・・・その背景の謎?(改訂版) | mikiのブログ 神様の憩う処は何処?

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今回は、今から2000年前、

イエス様の最後の瞬間の背景について、着目して参ります。

以下にて・・・

イエス様の逮捕から十字架の処刑までの時間は

なんと!

僅か14~15時間だったと言われています。



※ オーム真理教の実行犯は17年を経ても未だ、誰一人として刑の執行もされていないのに・・・



イエス様の逮捕から処刑が一日にも満たなかったという事実は

現代法においては刑罰というものでは全く無く、

現実問題として謀殺。 

つまり、抹殺抹消を前提とした拘束だったし、

つまるところ、即日処刑であった。



イエス様本人並びに関係者からの弁護、弁解の隙間を全く与えなかった、

※実際はローマのピラト(皇帝属領長官 )の申し訳程度の弁護のみを除いて・・

実際は結論有りき処刑で有った。

このイエス様の最後の様を思うと、山の様な疑問がお湧きになると思います。



何故? なぜ? 何故、聡明で直観力に長けたイエス様だったのに・・・

せめて・・・獄舎でみ言葉を語る事も出来たでしょうし・・・・などなど・・・

そこで、頭を真っ白にして、以下に素朴な疑問を揚げてみます・・・


①全知全能の神様が数千年以上に準備してきたのに・・・
   イエス様を弁護するせめて数日でも、時間や余裕を何故準備できなかったのか?



②3弟子と同じ時期に加わったイスカリオテのユダを完全に排除しておけばこんな事にはならなかったのに、

何故イエス様はユダを身近にずっと置いたのか?



③最後の晩餐でユダを名指しで問い詰めることが出来たのに!何故それをしなかったのか? 



④3弟子を諌めたゲッセマネの祈りやその後、ペテロや3弟子の裏切りなどを証しされたが、なぜ、その代わりをお立てに成らなかったのか? 
    特にマクダラのマリアの信仰の方が彼らよりよっぽど勝っていた様だったが・・・。



などなど・・・湧き出ずる泉のように疑問が湧いて参ります。

とにかく、時間が、時間が、余りにも短すぎませんか?

僅か、半日の拘留と処刑が・・・



そして、その後のキリスト教徒達の辿った悲惨な殉教歴史を、

イエスを信じた故に、何億という人々の不条理な、神様を呼びながら失われた!犠牲の山々を!・・・・・

そんな疑問の解決としては・・

イエス様の使命を今日に於いて完全に果たすには、

神様の力添えのみならず、

弟子達の責任が重大だったという結論が導きだされる事と感じます。

神様も、イエス様も関与できない有る一点。

神様もイエス様も関わる事の出来ないその領域。

イスカリオテのユダや3弟子をも排除出来なかった。

その一点。

イエス様と神様の事情!



つまり、地上天国を作るのは、三者の共同作業という事ですね。



 
神さまとキリスト・救世主の力だけではどうにも成らない。 

弟子達の責任分担!

その重要な部分!




今、2013年を迎える重要な時。
 

 

間違いや過ち、ましてや再臨主を排除しようとする輩さえも、容認しなければ成らないその事情。

そのお立場を!




深く深く祈り、イエス様とその後の子女が同じクリスチャンの殉教の悲劇につながらない様に!



具体的な解決策へ動いていかなければ成らない成約時代なのではないでしょうか?

指示待ちでは無く。 自らが今と言うこの瞬間の切迫した状況を悟り!

自ら判断して、進んでいくその時と感じませんか?

聖パウロの招命の本当の理由が、そこに有ったと感じませんか?

神様が手塩に掛けた子女がこことごとく失敗した時!

悪鬼の頭の様な、パウロが招命されたのです。

昨今のオゾマシイ終末混沌状態の中!

何が天の中心か見失いそうなこの時・・・

神様が準備されているのが・・

必ずや成約のパウロが出でるこの時・・・・

そんな気がしませんか?

祈り。






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