私たちは、身体という自然を纏っている。
私たちは、内臓という自然を纏っている。
私たちは、思考という自然を纏っている。
私たちは、感情という自然を纏っている。
私たちは、呼吸という自然を纏っている。
私たちは、鼓動という自然を纏っている。
人間の手には負えないような、誰にも作れないようなもの。
そんな素晴らしいものを、私たちは与えられている。
ところが、これらの自然は全て纏っているだけで、
「本当の自分」ではない。
「本当の自分」に与えられた自然という道具にすぎない。
自然という道具を丁寧に使うと、
「本当の自分」と繋がることができる。
身体、内臓、思考、感情、呼吸、鼓動。
それは、海や川や山や風や空と同じ。
だから、
怒りは出していい。
それは、火山の噴火と同じ。
悲しみも出していい。
それは、暗い空から降る雨と同じ。
誰にも止めることは出来ない。
出てくるものを終わらせていく。
私たちは、その為に人と出会う。
そして、本当の私とは?
それは、その自然という現れを「観ているもの」
それは、「意識・存在・愛」
そして、
「本当の自分」を感じることができる場所が一つだけある。
それは、「心」
頭では分からない。
心にしか映し出すことは出来ない。
だから、心を綺麗にすること。
それは、与えられた内側の道具を丁寧に扱うこと。
怒りや悲しみを終わらせていくこと。
過剰な執着を手放していくこと。
「本当の自分」を、歪みなく照らせるように。
波一つない湖に満月を映し出せるように。
その為には、この与えられた自然が抱えている負のエネルギーを終わらせていくこと。
「本当の自分」を感じられると、
何が起こっても、そこには、
満たされていて、安心感がある。