「本当の私」がまとっているもの | Masako nouta 〜ヴェーダンタに出逢い〜

Masako nouta 〜ヴェーダンタに出逢い〜

「本当の自分」とは何か?

そんな真理とも思える内容に触れる一方で、この目の前に起こる現象、人間関係、感情を愛おしく感じられるようになりました。

色即是空

そんな「色」満載な現実を、自分なりの言葉を使った「詩」に残しています。

私たちは、身体という自然を纏っている。

私たちは、内臓という自然を纏っている。

私たちは、思考という自然を纏っている。

私たちは、感情という自然を纏っている。

私たちは、呼吸という自然を纏っている。

私たちは、鼓動という自然を纏っている。

 

人間の手には負えないような、誰にも作れないようなもの。

 

そんな素晴らしいものを、私たちは与えられている。

 

ところが、これらの自然は全て纏っているだけで、

「本当の自分」ではない。

 

「本当の自分」に与えられた自然という道具にすぎない。

 

自然という道具を丁寧に使うと、

「本当の自分」と繋がることができる。

 

身体、内臓、思考、感情、呼吸、鼓動。

それは、海や川や山や風や空と同じ。

 

だから、

 

怒りは出していい。

 それは、火山の噴火と同じ。

悲しみも出していい。

 それは、暗い空から降る雨と同じ。

 

誰にも止めることは出来ない。

出てくるものを終わらせていく。

 

私たちは、その為に人と出会う。

 

 

 

 

 

そして、本当の私とは?

 

それは、その自然という現れを「観ているもの」

 

それは、「意識・存在・愛」

 

そして、

「本当の自分」を感じることができる場所が一つだけある。

 

それは、「心」

頭では分からない。

心にしか映し出すことは出来ない。

 

だから、心を綺麗にすること。

それは、与えられた内側の道具を丁寧に扱うこと。

怒りや悲しみを終わらせていくこと。

過剰な執着を手放していくこと。

 

「本当の自分」を、歪みなく照らせるように。

波一つない湖に満月を映し出せるように。

 

その為には、この与えられた自然が抱えている負のエネルギーを終わらせていくこと。

 

「本当の自分」を感じられると、

何が起こっても、そこには、

 

満たされていて、安心感がある。