コングレインスティトュート大阪校
大学4回生の時に撮った写真だと思います。
通訳学校の受付にいた校長のぬいぐるみです。
今でもこれを見ると、とても懐かしくなります。
大阪の御堂筋の淀屋橋と本町の間に、通訳学校がありました。
大学3回生~東京で社会人2年目の終わりまで、こちらのコングレにお世話になったなぁと。
結局、通訳本科行くことなく、基礎科で断念しました。
あまりに体調にパフォーマンスが左右される、記憶力と物事の認識力の限界、本科までの道のりが長いのと、土日が全部勉強で潰れて創作活動をすることが出来なかったのが通訳への道を諦めた理由です。
足掛け4年、一生懸命でした。
今、会社で「こいつのTOEICは900点台で~」みたいなことを言われることがありますが、この学校だと準備科に入るために必要な点数が900点台です。
英語ができることは前提で、そこから通訳としての特殊技能を磨くことに重点が置かれていました。
思い出は、決していいものばかりではありませんが、それでも今でも猛烈に当時に帰りたくなることがあります。

通訳学校の受付にいた校長のぬいぐるみです。
今でもこれを見ると、とても懐かしくなります。
大阪の御堂筋の淀屋橋と本町の間に、通訳学校がありました。
大学3回生~東京で社会人2年目の終わりまで、こちらのコングレにお世話になったなぁと。
結局、通訳本科行くことなく、基礎科で断念しました。
あまりに体調にパフォーマンスが左右される、記憶力と物事の認識力の限界、本科までの道のりが長いのと、土日が全部勉強で潰れて創作活動をすることが出来なかったのが通訳への道を諦めた理由です。
足掛け4年、一生懸命でした。
今、会社で「こいつのTOEICは900点台で~」みたいなことを言われることがありますが、この学校だと準備科に入るために必要な点数が900点台です。
英語ができることは前提で、そこから通訳としての特殊技能を磨くことに重点が置かれていました。
思い出は、決していいものばかりではありませんが、それでも今でも猛烈に当時に帰りたくなることがあります。
