わすれ花
「季節を間違えて咲いた花を、忘れ花という。
秋に忘れ花を見てはいけない。取り憑いて人を化かす。
時には、連れて行ってしまうこともあるという。」
秋めいてきました。
彼岸花の季節ですね。
ふと、書いた小説を書いたことを思い出しました。
「わすれ花」というタイトルです。
一人で小さな花屋を営む、壮年に入りかけた女性が主人公の話でした。
夫は仕事中に急逝し、一人息子は精神を病んで命を絶った。
自分は一人、花屋を営んでいる。
話としては、何かが起こるわけではありません。
ひたすら、ゆっくり、ゆっくり主人公の女性と、アルバイトの大学生の日常を描きます。
恋愛があるわけでもない、どきどきワクワクするような心躍るエピソードもないし、熱血漢の悪友も出てこなければ、小悪魔な女性が出てくるわけでもない。
ゆっくりと、秋の薄日がだんだんと消えていくように、初老の主人公が、人生の秋から冬に入っていく様子を追っていく、そんな話です。
主人公は、お彼岸に息子の嫁だった女性と一緒に墓参りにいきます。
その時に、お店をアルバイトの大野君に任せて出かけますが、大野君は留守番をまかされた店で、訪ねてきた初老の男性と知り合います。
その初老の男性が、彼岸花について語るシーンがあるのですが、僕は彼岸花を見ると、いつもこの会話を思い出すのです。
「彼岸花は、考えてみれば、彼岸と此岸を分けている花なんですよね、ええ、そうです。そういう花なんです。」
大野はよく分からず、話題をそらした。
「彼岸花は毒があるんですよ、確か球根に。」
男性はぱっと目を閉じると、またにこっと笑って見せた。
「ああ、そうなんですか。よくよく考えてみれば、あの赤さには毒々しさがあるのかもしれませんね。」
これだけ、本当にこれだけの会話なんですが、なぜか思い出すんです。
特に深い意味がある台詞にしたつもりはありません。
話の構成上、このやりとりは必要なのですが、毒のくだりは全く意味なし。
でも、書いてからもう8年くらいたつのに、まだこうやって思い出せるのは面白いですね。
思い出しながら、その場面が映像のみならず、触感にまでなって伝わってきます。
大野君が菊の茎を切りながら水に手をつけて、その水の冷たいことと言ったら。
透明な水が青いポリバケツに揺れて、ちゃぷちゃぷっと音を立てています。
空気が冷たく、でもまだ日の光は温かい。
そこに、黒い帽子をかぶった品の良い初老の男性がにこにこ笑って立っている。
構成上、納得がいかなかった部分も多くあった作品ではありましたが、自分の中で、秋の美しく、はかなく、寂しい、それでいて温かい空気が描き切れていたのかな、と思います。
今でも昨日書いた作品のように思い出せるのに気がついて、正直びっくりしています。
もう一度読み返してみようかしら。
書き出しもなぜか鮮明に覚えています。
冒頭に書き出したのが、その一文。
今は絵を描いていますが、また小説も書けるようになりたいです。
