フラれた。

 忙しい毎日の合間を縫って、どうしようもないほど会いたくなって連絡もいれずに恋人のアパートの扉を開いた。
 もちろん合鍵で開けた。
 合鍵を交換するくらいには真剣だった。

 だのに。

「あ、ヤッベー、おっかえりー」
「え? マジ彼?
 ヤバくね、オレ?」
 なぜか彼女の下に男が仰臥していた。
 全裸で。

 もちろん彼女も全裸。
 真夏の夜の熱帯夜でもあるまいし、全裸で仰臥と騎乗とは何事か。

 何事か?
 訊くまでもない。
 情事だ。

 他に何がある。
 オムツでも替えてもらっていたのか?
 出張マッサージ?
 バカな。
 アホな。
 サイテーな!



 とりあえず。
 パンツも穿かずに「腹減ったー」などとほざく男の揉み上げを摘んで家から放り出し。
 そいつの服は便器に詰め込み。
 財布は中身をベランダからばら蒔き。
 靴はレンジにいれて十分にセットした。

 そこでやっと現状を理解した彼女が顔を真っ青にした。
 泣きそうな顔で見上げて来る。
 悔しいが、カワイイ。

 しかし可愛さ余って憎さ百倍。
 直ぐさま大家に電話して
「あ、コンバンワー。
 夜分に申し訳ないですー。
 実はー、急に転勤が決まりましてー。
 えー、そうなんですよー!
 それで申し訳ないんですけどー、部屋は今日までってことでー。
 あー、荷物ですか?
 けっこう少ないんでー、ちゃちゃっと片付けて、今夜中には引けちゃいますからー、えー。
 いやー、ホントお世話になりました!」
 明るく朗らかに連絡完了。

 ワナワナと震える彼女を振り返る。
 逆ギレする体力も残っていなかったのだろう。
 床にペタンと座り込んだ。
 やり過ぎだよ。

 お生憎様。
 ご愁傷様。
 もう泣きたいのはこっちだよと、口にはしないがそんな張り裂けそうな感情を抱き締めてアパートを出た。

 ぱたん

 チーン

 ナイスタイミング!





「で、気晴らしにこっち来ちゃったわけ?」
 女の言葉にうんと頷く。
 よしよし、と頭を撫でられた。

 蓄積されていた疲れと今日の事件に身も心も頭も疲労困憊。
 仲間を呼んでパーッと叫ぼうかと思ったが、酒を呑んでも苦いだけだろう。

 忘れてしまおうホトトギス。
 鳴かぬなら、オレが泣くさホトトギス。

 で、馴染みのソープに来てみた。
 相変わらず指名の少ない同級生。
 顔を見た途端、泣きそうな顔で笑ってくれた。
 高い頬骨が浮き出て骸骨のようだ。
 笑わなければ見れる顔なのにな、といつも思う。



「オレ死にたい」
「まぁまぁ、落ち着きなよー」
「もう恋なんてしない」
「あはは、ドラマみたいなセリフ」
 乱れた髪をかき上げる彼女の胸の谷間。
 昔の男に死のうと言われて死にきれなかった跡。

 そんなにスキじゃなかったのかもね。

 なんて言って頬骨を浮かび上がらせた彼女。
 今もヒモ付きのバツイチ。
 毎月貰う皆勤賞の金一封がお小遣い。
 唯一自由に使えるお金。



「あたしさー、あんたのこと好きかわかんないけど」
 ぼくちゃんを咥えながらしゃべるなんて、器用だな。
「あんたがホントに死にたくなったら、一緒に死んであげる」
「………………」
「………………」

 彼女は笑う。
 頬骨を浮かび上がらせて。
 美人じゃないのに、きれいに笑う。

 少女のように純真に。

「………………ありがとう」
「どういたしまして」



 今度は、真っ白なコスモスを花束にして持って来ようなんて。
 柄にもないことを思った。