ランス・ロールには、実の妹のように可愛がっていた従妹がいた。
 蜂蜜色の髪にグリグリ眼の愛らしい従妹は、早くに母親を亡くし、多忙な父親にも構ってもらえずにいた。
 小さい頃から伯父の家に出入りしていたランスを見つけると、子犬のようにコロコロとやってきて、

 おにいちゃん、あそぼ?

 贈り物をくれる聖人を見るような目に見つめられ、ランスは頷くしかなかった。





「…………」
「…………」
「………………ラ」
「みなまで言うな」
 口を開こうとした幼馴染みの言葉を遮り、ランスは肩に乗せていたものを下ろした。
 それを寝台の上にそっと置く。

「きょ、今日は何の夢だったわけ?」
「用件を聞こう、ルフェラン」
 幼馴染みの質問などスルーして。
「用件って……自分で呼び出しといて」
 わざわざ来たのに、と唇を尖らせる幼馴染みは、見事な蜂蜜色の毛先をクルクルと回す。



 何だったかなー、と思い出しながら部屋の中を見渡すと、まだ片付けられていない荷物の大群が目に入った。
 西寮から東寮へと、ランスは引っ越して来たばかりだった。

 ランスが学舎に入って八年。
 一般人からの大出世として上等生となり、東寮の寮長に選ばれた。
 と言ってもただの雑用係りだが、上等生の特権として、質素で狭い東寮から西寮へ移ることを許された。
 だが、合わなかった。

 部屋の掃除は自分でやるし、給仕に運んでもらわなくても食事は食べれる
 ハンカチ一枚拾えないご婦人ならともかく、自分の部屋を毎回案内してくれる侍従なんて経費の無駄だと思う。
 いや、無駄だ。

 東寮長になったといっても、結局ランス・ロールは庶民だった。
 貴族と同じ生活なんてできないのだ。



 そうか、と思い出して、寝台の上に置かれたものを触ろうとする幼馴染みの手をはたいた。
「ケチ」
「汚れる」
「けがっ……」
 幼馴染みは絶句した。

「それより、ラン。
 例のヤツだが……どうだ?」
「どうって、フツー。
 やっと寝台の敷き布の敷き方覚えて、今はヒゲ剃りかな。
 あいつムダに濃いよ」
 おまえに言われたくはないだろうと思いながら、ランスは「そうか」と頷いた。

 やはり手間のかかる上等生の世話は幼馴染みに任せて正解だった。
 件のヤツは、貴族子弟のくせに貴族が傲慢だとかムカつくだとか言って、東寮を希望してきたのだ。
 だったらおまえはわがままなヤツだと言ってやりたい。



「でもさー、ティスがかわいそうだよ。
 上等生だっていうだけでヤなのに、武科だよアイツ?
 顔合わせるたびにビビっちゃってさー」
 そんな幼馴染みはというと、今やその上級武科生を手のひらで転がす兵だ。
 本人は「僕って気ぃ小さいし」などといっているが、自己申告ほどあてにならないものだ。

 見た目はそれなりにモテる容姿らしいが、いかにも文科生らしくか弱い印象を与える。
 長身がそれを補い、そして特に目を引くのはやはり、蜂蜜色の髪。
 緩くうねる毛先を指先で弄る様は、ランスから見れば「鬱陶しい、切ればいいのに」となるが。
 一部の女生徒からは受けがいいらしい。
 ……よく判らない。

 今も指先に絡めた毛先をクルクル、クルクルと回している。
 クルクル、クルクル。
 クルクル。

 クルクル……。



「ランス?」
「うん?」
 呼ばれてはたと気付くと、ランスの右手は幼馴染みの長い襟足を撫でていた。
 向かい合った二人の目線は、ランスが少し見上げる形。

「…………」
「…………」
「………………で、どんな夢見たわけ?」
 再度の問いに答えようとランスが口を開いた。
 と、運悪く。

「寮長! あの新入りのイビキどうにかしてくれよ!
 オレだって声がデカくて屁がクセぇかもしんないけど、人の安眠ジャマするなんてどういう神経してんだ!?
 毎晩毎晩ギーコギーコバッタンコいっておまえは楽器かって……んだぁ…………あ?」

 間近に向かい合う二人に遭遇したのは、たしかラングとかランプとかいう名前のやつだった。
 飛び込んだ時の格好のまま硬直し、叫んだ名残で口も開いたまま。

 ランスがゆっくり蜂蜜色の毛先を手放すと、ラングかランプという名の生徒は目を瞬かせた。
 そして二人を交互に見て、気まずそうに視線を逸らす。
「あ、お、オレ何かジャマしちゃったみたい?」
「……は?」
「…………?」
 ランスたちは首を傾げた。

「あ! いやいやいやいや気にしないで、うん!
 黙っとくから、さ……な?」
 ラングかランプという名の生徒は、一方的に騒いで走り去って行った。

「……何あれ?」
 開けられたままの扉を見ながら幼馴染みが言えば。
「知らん」
 ランスは面倒臭いと切って捨てる。

「…………で?」
「うむ」
 ランスは三度聞かれ、先ほど寝台の上に置いた子犬の縫いぐるみを肩に乗せ、
「肩車だった」
 遠い目をして囁いた。

 おにいちゃん、かたぐるまぁ

 今朝見た夢を思い出して懐かしむランスの横で、幼馴染みは興味なさそうに「ふーん」と言っただけだった。



 翌日。
「寮長はルフェランとデキている」
 そんな身に覚えのない噂が流れ、幼馴染みが彼女に張り手を食らうことになり。
 ラングかランプという名の生徒が失恋した幼馴染みの飛び蹴りを食らう様を見て、
「あいつ怖い」
 わがままな上等生がおののいた。

 幼馴染みに比べたら、西寮なんて平和だったかもしれない。
 ランス・ロールは痛感した。