ルフェランは我が耳を疑い凝固した。

 そんな幼馴染みのことなどどうでもいいと言わんばかりに無視した東寮長ランスは、私物を片付けるティセットに向けて一言。
「あーそうだ昇格おめでとうティセット」
 きれいな棒読みだった。

 それでもティセットは素直に「ありがとう」と返す。
 すでにこの時から、ランスに笑顔や情緒なんて求めちゃいけないことを知っていた。
 この鉄面皮が崩れるのは、永遠にこない気がする。



「ちょ……ランス、どういうこと?」
 最初の驚きから回復したルフェランは、幼馴染みの背に問い掛ける。
「昇格はめでたいことだ。
 祝って何が悪い?」
「も、もちろんそれは悪くないよ。
 そうじゃなくて……」
 未だ信じられず、ルフェランは首を左右に振る。

「何で僕の同室が、上等生なの?」

 ランス・ロールは白色の制服を着ている。
 実は、この制服を着ることができるのは、よほど頭の良い生徒か、貴族子弟だけ。
 彼らは上等生と呼ばれる。

 また、その上等生の中から西と東の寮長が選ばれるのだが……。
 庶民の面倒など見るものかという貴族子弟が東寮長になるわけがなく、庶民出身の上等生が東寮長になる。

 その白羽の矢は、今年は庶民出身のランス・ロールに突き刺さった。
 以来、彼の鉄面皮は鉄でなく氷で出来ているのではと思わせるほどひどいものになってしまったのだ。



 東寮長となったランスは、中等生となったティセットと、先に中等生になっていたルフェランを別室にする旨を告げた。
 まぁ、それは二人とも、わかっていた。 能力の偏りを避けるため、上級学科の合格印を持つもの同士が同室になることはめったにないからだ。

 それは良いとして。
 ルフェランの抗議は別にある。

 東寮は一般寮――つまり庶民出身の生徒の寮棟だ。
 初等生と中等生が利用する。
 対して西寮は上等生のみが利用するが、その大半が貴族子弟のため、かなり贅沢な造りになっているらしい。
 外観からして寮棟らしからぬもので、中もすごいことになっていそうだ。

 そんなところから、二人部屋の狭い部屋しかない東寮へ貴族子弟が来ると言う。
 しかもルフェランの同室生として。

「だいたい、何で僕なのさ?
 ほかにも一人のヤツいるじゃないか」
 わがままな貴族子弟の面倒などみたくもないと暗にいうルフェラン。
 その抗議に東寮長は、

「俺が決めたからだ」

 男らしく一言で切って捨てた。

「…………」
 幼馴染みからの冷たい仕打ちに、ルフェランは寝台に突っ伏した。
「ヒドいよ。
 いくら僕だからって……」
「おまえだからだ」
「…………」
 ルフェランはしくしくと泣き出した。

 ランスは「おまえだったら安心して任せられる」と言ったつもりだったのだが。
 ルフェランには「おまえにだったら何をしても平気」と聞こえたようだ。
 言葉って、難しい。



 そんなこんなで。
 ティセットは別室に移り、ルフェランは新たな同室生に対峙した。

 あの豪華な西寮が嫌だなんてわがまま息子はどんな奴だろう。
 もしかしたら真面目な奴で、貴族の上下関係にうんざりして東寮に来たのかも。
 または、没落貴族でイジメにあって、こちらに逃げて来たのかもしれない。
 そうだったら仲良くしてやらないでもない。

 と、やや気持ちを和らげて迎えたのに。


「あ、おまえがルフェラン?
 トルディスだ。トルクでいいよ。
 よろしくな」

 能天気の国からやって来たような間抜け面の長身がひょこりと現われた。
 どう見てもイジメられるような要素はなかった。

 だって奴は、帝国からきた交換留学生で、たしか武科の上級を持つ兵だ。
 イジメる側だ。

「…………んで」
「は? 何?
 オレ部屋違った?」
 拳一つ分長身が見下ろして来る。

 なんとなく、イラッとした。

「何で来たんだこの木偶の坊!」
「!」
 突然怒鳴られ、驚く同室生。
「躾し直してやる!
 覚悟しろよ!」
 指を突き付けて宣言したルフェラン。
 奴が貴族子弟だなんて、もうどうでもよかった。

 安心したのと拍子抜けしたので八つ当たりしたんだなんて。
 格好悪いので秘密にしておく。



 こうして、猛獣使いは猛獣を得たのだった。