午後の授業を一緒に受けるために待ち合わせ場所としたのは、本館前の茂みの裏だった。
 茂みと葉を茂らせた木のおかげで、東側の渡り廊下からも見えない。
 ヨウスが先に来て一人で待っていると、一人二人は声をかけて来るので、そのための予防策だ。

 その日は、トルクが先に来ていた。
「……?」
 武科に行きたいとブツクサと文句を言うトルクの傍らに、不似合いな少女がいた。
 しかも泣いている。
「………………」
「お、オレじゃない!」
 ヨウスの不審な視線気付いて、慌てて潔白を訴えるトルク。

 一見荒っぽそうなトルクだが、実は子どもに弱い。
 そのことを知っているヨウスは、もちろん問い詰めはしなかった。

「そういえばおまえ、屋根とか登ってたよな?
 あれ取れるか?」
 そう言ってトルクが指差すのは遥か彼方、大きな木の枝の先のほう。
 ヒラヒラしたものが引っ掛かっている。

「……ハンカチ?」
 手拭い一枚ですべてが片付くトルクの物でないことは一目でわかった。
 泣きべそをかいている少女が持ち主だろう。

「さすがに高くて取れないんだ。
 あ、肩車がいいかな?」
 うーんと唸るトルクを押して木の幹に背中を付けさせると、両手を前で組ませる。
「え? な、なに?」
 肩を押さえて少し膝を落とさせると、ヨウスはトルクの足と組んだ腕を足台に、一番近い枝を掴んだ。
「おー!」

 ぷらぷらと体が揺れるのを利用して、片方の手で別の枝を掴む。
 体を引き上げて次の枝までよじ登り、ハンカチがぶら下がる枝に到達。
「気をつけろよー」
 トルクの声援には手を振って応えた。

 枝にゆっくりと寝そべって、腕を伸ばす。
「…………」
 枝が若干、しなった。

 揺れが治まるのを待ってさらに手を伸ばし、ハンカチを取る。
 小さく畳んで、下にいるトルクに向かって落とした。

 トルクが畳んだままのハンカチを少女に差し出す。
 少女は目を丸くして、大きな手に乗ったハンカチとトルクを交互に見る。
 恐る恐る手に取ると、それが大切なものだと思い出して破顔した。
「ありがとう!」

 小さな手が折り畳まれたままのハンカチを包む。
 木から降りて来たヨウスを見上げて、何度も礼を口にした。
 よほど大切なものなのだろう。
 本館に戻るまでに何度も振り返っては、笑顔で手を振っていった。



「あー、良かった。
 いきなり泣かれて、どうしようかと思ってた。
 兄貴にもらったのにぃとか言ってさー。
 あ、武科生の妹なんだよ、あの子」
 全然似てないけど、とトルクは笑う。

「それにしてもさー。
 おまえってホント、サルみたいだよな」
 ウキキッとわざとらしく泣き真似をするトルク。
 おそらく褒め言葉ではない。
 が、なんと言ってよいのかわからず、ヨウスはいつものように沈黙した。





【終】