話が決まると、さっそく弟に知らせて来るからと、ランディックは寮室を出て行った。
 白い制服は目立つので、東寮の生徒は驚くことだろう。

 ヨウス、と鼻を赤くしたルフェランが呼ぶ。
「ランディック様には、その……傷跡のこと、言ってないんだ。
 サウの出身だってことだけ話してる。
 ……良かったかな、僕らも聞いて?」
「出身がどこだってオレたちは構わないんだからな」
「…………」

 ヨウスは少し考えて、小さく頷いた。
「……同情とか、してくれなくていい。
 同じ気持ちになるのは難しいし、俺たちは、自分たちで住家を守っただけだから」「……わかった」
 ルフェランの言葉にトルクも頷いた。

「ありがとう……」
「バカだなー。
 礼なんて言う必要ないんだからな」
「そうだよ、ヨウス。
 今までどおりでいいんだよ」

 ふふ、と笑うルフェランの赤い目元。
 いつもより表情の柔らかいトルク。
 少し見る目が変わるだけで、人はこんなにも変わるのかと、ヨウスは静かに驚いた。


   *  *


「昼間はそれで良いとして、夜はどうする?
 独り部屋だぞ?」
 東寮長ランスの言葉にルフェランは呻いた。
「そ、そうだった……」
 昼間は一緒に授業を受け、移動も一緒にしていれば良いと思っていた。
 迂闊だった。
 ヨウスはまだ、寮室では一人だ。

「おっと……」
 講師が後ろを振り返ったのを見て、二人は黒板に視線を向ける。
「……である場合、この第五章二節のこの部分にかかるため……」
 講師が再び黒板に向う。

「で、どうする?」
「…………」
「ま、そこまで過保護にする必要はな」
「ランス」
「いはずだが、気になるんだな?」
 うんうんとルフェランは頷いた。

「新入りの予定もないし、誰か適当な相手を移動させるのが手っ取り早いだろう」
「適当な、相手?」
「トルクさんとか」
「…………」
「……子離れしろ」
「じゃなくて。
 そういえばトルクって、上等生なんだよな」
「…………」

 天真爛漫な子どもがそのまま大きくなったようなトルクだが、腐っても貴族子弟だ。
 次期辺境伯なのだ。
 すっかり忘れていた。

「講師には、一時的なものとして話しておく」
「ランス。
 忘れてたけど、おまえって良いヤツなんだな」
「…………」
 鉄面皮のこめかみがピクリと動いた。

 照れているらしい。

「そこ!」
「はい!」
 いきなり講師に指差され、ルフェランはおもわず立ち上がった。
「小試験をするから、もっと前に座りなさい」
「あ……はい」
 二人は急いで、一番後ろの席から移動した。



 授業が終わると、ランスは今の件を伝えに行き、ルフェランは談話室でトルクたちと待ち合わせた。
 東寮に貴族子弟を招く勇気はルフェランにはなかったから。

「こんな場所にお呼び立てして、申し訳ありません」
「あ、い、いいえ、構わないでください。
 談話室は僕らもたまに使いますから」
 ルフェランの向かいに座ったのは、兄と似た優しい面立ちの、白い制服が眩しいくらい慎ましい少年だった。
 ロスクル家の血が濃くて良かったと、ルフェランは思った。

「ロスクル家のロナウスです。
 どうぞ、ロナウスと呼んでください」
「……ヨウス・クォーズです。
 無理を言って申し訳ありません」
「とんでもない!
 一緒に授業を受けるだけですから、気にしないでください」

 えへ、と笑う少年は心底嬉しそうだ。
「兄からお話を聞いたときは、ビックリしました。
 あのクォーズさんと一緒だなんて」
「……?」
 あのクォーズさんは、ロナウスの横で首を傾げた。
 トルクも一緒に傾げている。

 兄ランディック曰く、
『二季目にして中級に合格し、あのシーラットの触手を動かした美人という噂が、上等生の間で流れているんだ』
 どうりで最近、上等生との遭遇回数が増えたのかと、ルフェランは心中で納得した。

「算学だけなんていわずに、他でも呼んでくださいね!」
「それはオレも助かるな!」
「おまえは午前中の武科禁止」
「あ!」
「えぇえー!」
「あの、握手してもいいですか?」
「は、はぁ……」
 ヨウスは相変わらず押され気味だった。
 相手は三つも年下だというのに。

「そういえば、ロナウス様。
 歳の近い姉妹がいらっしゃいますか?」
 ルフェランの問いに、ロナウスは頷いた。
「フィオナという双子の妹がいます。
 一度、会われたそうですね」
 祭りの翌日、兄ランディックの腕にしがみついていた少女と、確かに面立ちが似ていた。

「妹も西寮にいるんですけど、女子ですから」
 男で良かったと言わんばかりのロナウスは、嬉しそうにヨウスの手を握り締めた。

「あの……」
「はい?」
「兄上って呼んでもいいですか?」
「…………」
「…………」
「…………」

 ヨウスは丁重にお断りした。