――帰って来いよ
   オレ一人じゃ、ガキどものメンドー見きれねぇからな

 ――今度こそ手ぇ抜かないでよね!
   まだ引き分けなんだから!

 ――墓はそのままにしとくよ
   見晴らしもいいし、村の跡も近いからさ

 ――お土産は一人いくつまで?



 ――……ヨウス様



 声が、背中に返ってくる。

 みんな何を期待したのだろう。
 いつかは帰って来ると思っていてくれているのだろうか。

 今でも。



「…………」
 沈黙に気付いてそろそろと顔を上げる。
 三人はぽかんとしてヨウスを見ていたが、しばらくするとルフェランが呻いて両手で顔を覆った。
 肩を震わせるルフェランを見て、トルクが呟く。
「……おまえが泣いてどうするよ」

 がばりと顔を上げたルフェランは盛大に泣いていた。
「これで泣かずにどうしろって言うんだ僕に!?」
「お、え、いや……うーん」
 やはりルフェランに敵う日は遠いようだ。

 バツの悪そうな顔のトルクは、頭を掻きながら体ごとヨウスに向く。
 ぺこりと頭を下げ、
「悪かった。
 オレたちが軽率でした」
「ヨウス、学舎辞めるなんて言わないでくれよ?
 僕らがティスに串刺しにされちゃうから」
 ルフェランも習って言った。

「何だかよくわからないけど、ここで挫けるなんていけないよ」
 事情が上手く飲み込めていないのか、それでも励ましてくれるランディックの人柄が見えた。
 彼は心底、悪人には成れないだろう。

「…………」
 しかしこういう場合、どうすれば良いのだろうか。
 こんなにも素直で真摯な態度を取られると、どうしていいのかわからない。
 わからない時は、わかるだけ応えるべきだろうか。
「……辞めないよ。
 ……まだ、学舎は辞めない」

 三人は目に見えて安堵の表情を浮かべた。



「それでだ、ヨウス」
 うほん、とトルクがわざとらしく咳をする。
「今までみたいに一人で行動させると、絶対おまえは絡まれるとみた」
 ビシリと指を差され、反論できないヨウス。
 また同じことがあればやっぱり殴るだろう自信があった。

「というわけで、史学と文学の初級はトルクと」
「算学は、わたしの弟と受けてくれるかな?」
「…………?」
「常に誰かといるのが一番いいと思うんだ。
 トルクはもちろんだし、ランディック様の弟さんも上等生だから。
 何かあっても二人が対処してくれるよ」

「でも……」
「おまえが貴族を殴ると問題になるけど、オレだったらただのケンカで済むからな」
「殴るのは最終手段にしろよ」
「最終手段は剣だろ!」
 なお悪い。

 ヨウスがいない間に話が決まっていたようだ。
 その気遣いは嬉しいが、大袈裟な気もした。
 結局は過保護に成りかねない。

「ランディック様、そこまでしていただくと、ご迷惑ではないですか?」
 いいや、とランディックは人の良い笑みを浮かべる。
「わたしも軽率だったんだ。
 それに、従兄弟が君にしたことを思えば当然だよ」

 はて、とヨウスは首を傾げた。
 ランディック・ロスクルの従兄弟なんて、会った覚えもないが。
 しかし、はたと気付いてしまう。
「シーラット様の……?」
「エンドリクスはわたしの従兄弟だ」
「…………」

 似ていない。
 おもわず口から出そうになった。
 トカゲに似た面立ちの執念深そうなエンドリクスと、草食動物のような穏やかなランディック。
 何かの間違いな気がした。

「昔はかわいかったのに、どこで間違えたのか……」
 はぁ、と深い溜め息をつく次期ロスクル子爵。
「あれがかわいいなんて、おまえ目が腐ってるだろ?」
「何を言うんだ、トルディス。
 まだラゼリクスが生きている頃は、兄上、兄上と言って、わたしたちの後を子犬のようについて来たんだ」
 懐かしいなぁ、とランディックは遠くを見た。

「……兄君がいらしたんですか?」
 ヨウスはふと、気になって尋ねた。
 あぁ、と笑うランディック。
「わたしと同じ歳の、ラゼリクスというのが、シーラット家の嫡子だったんだ。
 わたしの両親と、シーラット家の夫人とラゼリクスが、出先で事故に遭ってね……」

 ランディックは遠くの人を思い描くように、窓の向こうを見つめる。
「シーラット候は、出来のいい長男を亡くしたことに深く傷つかれてね。
 しかたなく後継者となったエンドリクスに、辛く当たるようになったようだ。

 わたしも、両親の死で塞ぎ込んだ祖父を抱えていて、当時は彼を気遣ってやることもしなかった」
 それをランディックは後悔しているのだろう。
 従兄弟の悪癖を知りながら、彼に悪態をつくことはしない。

「だからと言って、やっていいことと悪いことがある。
 次期侯爵の身で、酔った挙句に狼藉なんて!
 今回は、わたしは君に味方するよ」
「……ありがとうございます」