家人から拭き布を受け取りながら、エイトルは「お湯を」と言う。
 それを、ティセットは止めた。
「エイトル司祭様、あ、あの、ヨウスは、戻っていませんか?」
「ヨウス殿、ですか?」

 はて、とエイトルが首を傾げた、その背後から別の声が上がる。
「上がってもらいなさい、エイトル。
 すぐにお湯を用意して」
 クワイトル司祭が、息子と同じような出で立ちで現われた。

「クワイトル司祭様……」
「大丈夫、ティセット。
 ヨウス殿のことでしたら、心配いりませんよ」
「…………はい」
 ティセットはエイトルに案内されて風呂場に向かった。



 体が暖まると、ティセットの気持ちも幾分、落ち着いた。
 風呂場の前で待っていた家人に案内され、応接室に通される。
 そこにはクワイトル司祭が、先ほどと変わらない格好で待っていた。

「……着替えまで、ありがとうございます」
 いいえ、と首を横に振るクワイトル司祭。
 その表情は相変わらず穏やかで、ティセットを安堵させる。
「ヨウス殿の大切なご友人ですから」
「…………」

 ふふ、とクワイトル司祭が笑った。
「ケンカをされたそうですね。
 夕方、何かあったようだと、エイトルから聞きました」
 と、ちょうどその時エイトルがお茶を運んで来た。

「ラナさんがあまりに気にしているようだったから、本人に尋ねたのだよ。
 なんだか、大柄な男に脅されていたそうだけど、どうしたのか、とね」
「…………」
「本人は、何でもない、誤解があっただけだと、言われたそうです」
「……誤解……」
 確かに、結果は誤解だった。
 ただ、それ以上のことが起こっただけ。

「そのあと、夕食のあとだったかな。
 わたしに、友人と仲直りするにはどうするのかと尋ねられてね。
 わたしは、自分が悪いと思ったら、さっさと謝ります、と答えたのだよ」

 茶器を置くと、エイトルはティセットのほうに体ごと向いた。
「来たのかい、ヨウス殿は?」
「…………はい」
「仲直りはできたのかい?」
「…………」
「……拗れたようだね」

 立ち上がったエイトルは、父に向かった。
「わたしのお役目はここまでのようです。
 先に休ませていただきます」
「うむ」
 親子は苦笑した。



 エイトルが下がると、クワイトル司祭はお茶を飲むように勧めた。
「ヨウスは……」
「気分転換に、二・三日外出されました。
 君に会ってから街を出られたのでしょう」
「外出?」

 またクワイトル司祭は笑った。
「謹慎だからといっても、誰か見ているわけではないですからね」
「……はぁ」
「何があったのか、尋ねたほうがよいですか?」
「…………」

 クワイトル司祭は知っているのだろうか?
 ヨウスのあの傷跡を。

 ティセットは唾を飲み込んだ。
「クワイトル司祭様……と、ヨウスは、どういうご関係ですか?」
 おや、とクワイトル司祭が目を丸くする。
「そうきましたか。
 そうですね……」

 また、クワイトル司祭はお茶を勧めるので、ティセットは一気に半分まで飲み干した。
「あれは、四年……いえ、もう五年ほど経つのかな。
 ある方に面会をしに行った時です。
 ヨウス殿がいらっしゃいました。
 風邪で寝込んでいて、手持ちの熱冷ましを差し上げました」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………それだけです」
「……え?」
 あまりに拍子抜けしてしまったティセットは、口を閉じるのも忘れてクワイトル司祭を見た。

「それから、たまたま寄ったこのラディンネル国で、わたしにあいさつに来てくださってね。
 しばらく滞在してほしいとわたしがお願いして、学舎を勧めたのだよ。
 あとは、君も知っているとおりかな」

「……それだけですか?」
「彼とわたしの関係は、それだけだね」
 これはもしや、はぐらかされたのだろうか?
 遠回しに探りをいれようとしたティセットの目論見は、呆気なく崩れた。

 言っても良いのかわからない。
 相手は司祭で、どんなことを告白しても他言はしないだろう。
 ただ、ティセットは、自分の口からそれを漏らすことが怖かった。
 一言が百言になりそうで、怖かった。



「……ヨウスは……」
「狩りがお上手なんです」
「…………は?」
 ヨウスと狩り。
 なんて不釣り合いな組み合わせだろう。

「騎獣も巧みに乗られます。
 知っているとは思うけど……」
 最初は何のことなのか、本当にわからなかった。
 しばらく首を捻っていると、ハッとして思い出す。

 ヨウスと初めて出会った時。
 獣が多く出ると言われる街道の脇から飛び出して来た!
 怪我をしたティセットを見て何事もなかったように話しかけて来たが、あれは狩りの途中だったというのか……。