「…………」
強盗だろうか。
思ったが、嫌な予感はしなかった。
しばらく様子をみていたが、蠢くそれは裏道の奥に消えた。
「……寝よ」
毛布を頭から被って、枕にしがみつく。
「……………………」
しかし眠れなかった。
昼間のことが気になって、眠れるはずがない。
雨音が頭を刺す。
チクチク、チクチク。
目を閉じると脳裏にヨウスが浮かぶ。
傷跡だらけの体。
俯いたままだった。
そういえば、顔と同じく左手にも黒い傷跡があった。
ヨウスはいつも制服の袖に隠しているので忘れがちだが、私服のときに思い出す。
(ヨウス、それも傷?)
(あぁ、うん……)
(事故かなにか?)
(……よく、覚えていないんだ)
何か訊きにくい空気が流れて、それからは触れることがなかったと思う。
ヨウスは自分から話すことはあまりないから、ティセットも気にせずにいた。
もしかすると、大きな事故にあったのかもしれない。
思い出したくないようなことがあったのかもしれない。
内気な性格も遊び慣れないふうも、服の下に隠された過去が原因だったのかもしれない。
それを、暴いてしまった。
最悪な形で。
「サイテーだ」
天井に向かって呟いたとき、ちょうど扉が叩かれた。
「ティース、起きとるかな?」
宿屋の大女将だ。
急いで扉を開けると、小さな老女が明かりも持たずに待っていた。
「ティスに、お客さんだよ」
「客?」
宿屋の大女将の後ろは明かりのない階段。
いや、誰か立っている。
ゆっくりと頭巾が取られ、気まずい顔が出て来た。
「…………ヨウス」
ヨウスは小さく頷いた。
宿屋の大女将に礼を言って、ヨウスを中に招く。
だがヨウスは、閉められた扉の前から動かない。
「……どうした?」
「……夜中に、ごめん。
仕事で疲れてるだろうって、思ったけど……」
ヨウスの顔を直視できなかった。
ヨウスを見るような素振りで、微妙に視線はずれたまま。
「座れよ」
「……すぐ済むから」
「…………何?」
黒い外套で部屋の角に立つヨウス。
顔が浮かんで見える。
「謝りたくて」
「……謝る?」
ティセットは首を傾げた。
謝るのはこっちのほうなのに。
「見せるなって、言われてたんだ。
慣れないやつは、怖がるから」
傷跡のことだ。
「…………」
「ランは、あとで吐いただろうな」
悪いことをした、後で謝りに行こうなんて言う。
「ばっ、バカ!
違うよ!」
悪いのはヨウスではない。
無神経だった自分たちが悪い――そう言ってやりたいのに、開いた口からは何も出なかった。
せめて首を横に振ってみたが、俯いたヨウスは見ていない。
「……ヨウス……ちが………」
なぜ、言葉が出てこない?
こんな時だからこそはっきり言っておかないと、取り返しがつかなくなるのに。
ティセット一人が、焦って汗をかいていた。
薄暗闇でぼんやりと光るヨウスの横顔は静かな表情を張り付けている。
「…………ごめん」
「……っ!」
謝らせてしまった。
自分がもたもたとしていたからだと、さらに焦る。
「……遅くに悪かった。
……おやすみ」
ティセットから何の反応もないことに諦めたのか、ヨウスは部屋を出て行ってしまった。
パタン、と扉が閉まる音でハッとする。
追いかけようとして、足は扉の前で止まった。
動かない。
動けない。
怖くて――
(怖い?)
ヨウスのことが?
「あり得ないだろ!?」
ティセットは部屋を飛び出した。
小雨はすぐに全身を冷やした。
暖季といえど、雨の夜は冷える。
片手で顔に当たる雨を凌ぎながら走った。
まだ遠くには行っていないはずだ。
道はいくつかあるが、司祭たちの住宅地にはいる道で待ち伏せすれば、きっと捕まえられる。
走れば間に合う。
「…………何で、来ないんだよぉ」
司祭たちの住宅地へ曲る角で待ったが、ヨウスは一向にやって来ない。
途中で酔っ払いにでも絡まれたのか……。
体は冷たいのに頭に血が上って熱い。
「……クソッ」
雨宿りしていた樹木の下から飛び出したティセットは、クワイトル司祭宅まで走った。
さすがに夜中だ。
玄関扉は控え目に叩く。
急く気持ちを抑えて、根気よく扉を叩いていると、やっと扉の向こうでくぐもった声がした。
「こんな夜更けに、どうされ…………ティセット?」
寝着に上着を羽織っただけのエイトルが、目を真ん丸にして出迎えてくれた。
「夜分に」
「いやいや、とりあえず入りなさい」
エイトルに肩を引かれ、暖かな室内にティセットは入った。
すぐに足下に水溜まりができる。
「あっ」
「いいから」
ティセットの後ろで玄関扉が閉まる。
強盗だろうか。
思ったが、嫌な予感はしなかった。
しばらく様子をみていたが、蠢くそれは裏道の奥に消えた。
「……寝よ」
毛布を頭から被って、枕にしがみつく。
「……………………」
しかし眠れなかった。
昼間のことが気になって、眠れるはずがない。
雨音が頭を刺す。
チクチク、チクチク。
目を閉じると脳裏にヨウスが浮かぶ。
傷跡だらけの体。
俯いたままだった。
そういえば、顔と同じく左手にも黒い傷跡があった。
ヨウスはいつも制服の袖に隠しているので忘れがちだが、私服のときに思い出す。
(ヨウス、それも傷?)
(あぁ、うん……)
(事故かなにか?)
(……よく、覚えていないんだ)
何か訊きにくい空気が流れて、それからは触れることがなかったと思う。
ヨウスは自分から話すことはあまりないから、ティセットも気にせずにいた。
もしかすると、大きな事故にあったのかもしれない。
思い出したくないようなことがあったのかもしれない。
内気な性格も遊び慣れないふうも、服の下に隠された過去が原因だったのかもしれない。
それを、暴いてしまった。
最悪な形で。
「サイテーだ」
天井に向かって呟いたとき、ちょうど扉が叩かれた。
「ティース、起きとるかな?」
宿屋の大女将だ。
急いで扉を開けると、小さな老女が明かりも持たずに待っていた。
「ティスに、お客さんだよ」
「客?」
宿屋の大女将の後ろは明かりのない階段。
いや、誰か立っている。
ゆっくりと頭巾が取られ、気まずい顔が出て来た。
「…………ヨウス」
ヨウスは小さく頷いた。
宿屋の大女将に礼を言って、ヨウスを中に招く。
だがヨウスは、閉められた扉の前から動かない。
「……どうした?」
「……夜中に、ごめん。
仕事で疲れてるだろうって、思ったけど……」
ヨウスの顔を直視できなかった。
ヨウスを見るような素振りで、微妙に視線はずれたまま。
「座れよ」
「……すぐ済むから」
「…………何?」
黒い外套で部屋の角に立つヨウス。
顔が浮かんで見える。
「謝りたくて」
「……謝る?」
ティセットは首を傾げた。
謝るのはこっちのほうなのに。
「見せるなって、言われてたんだ。
慣れないやつは、怖がるから」
傷跡のことだ。
「…………」
「ランは、あとで吐いただろうな」
悪いことをした、後で謝りに行こうなんて言う。
「ばっ、バカ!
違うよ!」
悪いのはヨウスではない。
無神経だった自分たちが悪い――そう言ってやりたいのに、開いた口からは何も出なかった。
せめて首を横に振ってみたが、俯いたヨウスは見ていない。
「……ヨウス……ちが………」
なぜ、言葉が出てこない?
こんな時だからこそはっきり言っておかないと、取り返しがつかなくなるのに。
ティセット一人が、焦って汗をかいていた。
薄暗闇でぼんやりと光るヨウスの横顔は静かな表情を張り付けている。
「…………ごめん」
「……っ!」
謝らせてしまった。
自分がもたもたとしていたからだと、さらに焦る。
「……遅くに悪かった。
……おやすみ」
ティセットから何の反応もないことに諦めたのか、ヨウスは部屋を出て行ってしまった。
パタン、と扉が閉まる音でハッとする。
追いかけようとして、足は扉の前で止まった。
動かない。
動けない。
怖くて――
(怖い?)
ヨウスのことが?
「あり得ないだろ!?」
ティセットは部屋を飛び出した。
小雨はすぐに全身を冷やした。
暖季といえど、雨の夜は冷える。
片手で顔に当たる雨を凌ぎながら走った。
まだ遠くには行っていないはずだ。
道はいくつかあるが、司祭たちの住宅地にはいる道で待ち伏せすれば、きっと捕まえられる。
走れば間に合う。
「…………何で、来ないんだよぉ」
司祭たちの住宅地へ曲る角で待ったが、ヨウスは一向にやって来ない。
途中で酔っ払いにでも絡まれたのか……。
体は冷たいのに頭に血が上って熱い。
「……クソッ」
雨宿りしていた樹木の下から飛び出したティセットは、クワイトル司祭宅まで走った。
さすがに夜中だ。
玄関扉は控え目に叩く。
急く気持ちを抑えて、根気よく扉を叩いていると、やっと扉の向こうでくぐもった声がした。
「こんな夜更けに、どうされ…………ティセット?」
寝着に上着を羽織っただけのエイトルが、目を真ん丸にして出迎えてくれた。
「夜分に」
「いやいや、とりあえず入りなさい」
エイトルに肩を引かれ、暖かな室内にティセットは入った。
すぐに足下に水溜まりができる。
「あっ」
「いいから」
ティセットの後ろで玄関扉が閉まる。