「――それからトルクがティスに知らせに走って、僕だけ指導室の前で待ってね。
 しばらくしたら、侯爵家の執事と護衛が出て行ったんだ。
 本人は?」
 最後に尋ねられ、ヨウスは答える。
「……当たりどころが悪くて、寝込んでるそうだ」

「で、どうなったのか訊いたら、謝ったなんて言うし」
 やれやれ、とルフェランは首を振る。
「襲われて謝るヤツがいるか!」
「だから、逃げたんだ……殴って」

 揉めている内容はわかったが、ティセットにはまだ疑問がある。
「そこでどうして『脱げ』なんだよ?」
「あの変態は武科生だぞ?
 ヨウスが殴ったくらいで諦めるわけがない!」
 最後にトルクは貴族子弟らしからぬ一言を吐いた。

「シーラット家にたて突くわけじゃないけど、ホントのことを知りたいんだよ」
 言いつつ、ルフェランは口を小さくする。
「言いにくいだろうけど……」
「…………あ」

 襲われた、とティセットは聞いたが、どうやら中身が違ったようだ。
 窓枠に座って沈黙を守るヨウス。
 ティセットと視線があうと、躊躇うように俯く。

 最初に殴られたあとを見て、すっかり勘違いをしていたようだ。
 経緯のなかで、ランスが「押し倒されたか」と尋ねたと聞いたばかりなのに。
 しかも相手はあの、シーラット侯爵家のエンドリクス。
 男だろうと講師だろうと、見た目が良ければ手を出さないわけがない。

 ティセットたちは慣れてしまっていたが、ヨウスの顔は男女構わず目を引く。
 いや、たまに、この顔で女の子じゃないなんて詐欺だと思ってしまうくらいだ。
 噂になって西寮に呼ばれる可能性は充分にあった。



「ヨウス……言いにくいなら、言わなくていいからな」
 でも、とティセットは続けたが、なかなか言葉が出てこない。
 こんなことは滅多にないから、どうしていいのかわからない。

 押し倒されて、それから何があったのかなんて無知なことは言わない。
 だが、これからどう接していいのかわからない。

 逃げたことが本当で、何もなかったのならいい。
 その可能性が低いから、だから二人は、素直に言えと言っているのだ。

 これからのために。

 なのにヨウスは、
「……逃げたんだ……。
 途中で、殴って逃げた」
 三人の気遣いを撥ね除けるようなことを言う。
 心配が苛立ちに変わる。

「だったら、跡がないか確かめさせろ。
 何もなかったんなら、見せられるだろ?」
 だから脱げと、トルクはさっきから言っているのだ。

 ヨウスの視線は床から離れない。
 学舎の庭の石像のように固まってしまった。



「…………。
 今日は、引き上げようか」
 いつものように、ルフェランが沈黙を破った。
「ヨウスも疲れてるだろうし」
「イヤだ。
 今聞かないと今日寝れない」
 わがままを言ったのはトルクだ。

「こっちは心配して、ティスのとこまで走ったんだ」
 口を尖らせて、プイと顔を背けるトルク。
 その子どものような態度に、ルフェランもカチンと頭にきたようで、椅子から腰を浮かせる。

「お、おい」
 ティセットはおもわずトルクの肩を押さえ、立ち上がった。
 手の平をルフェランに見せて制止する。
「二人とも落ち着け!」
 二人は滅多に喧嘩しないが、するときはとことんする。
 そうなったら、ティセットにも止められない。

 救いの司祭宅で喧嘩なんて、学舎に知れたら二人は謹慎だ。
 目も当てられない。



「ティス」
 静かにヨウスが立ち上がった。
 溜め息を飲むような顔で。

「……ヨウス、今日は」
「脱ぐよ」
「え……?」
 ヨウスの視線は上らない。

「ただし、約束してほしい」
「……何だよ。
 脱いで見せるだけだ。
 減るものなんてない」
 ペシリ、とトルクの頭を叩いたティセットは、喉の渇きを覚えて唾を飲み込んだ。

「ヨウス……ムリ、しなくていいからな?」
 言いつつ、はっきりとは止めなかった。
 ティセット自身も気になっていて、すぐにでも知りたかった。
 はっきりしないまま帰ったら、本当に今日は眠れないだろう。

 シーラット家のエンドリクスは、男も寝室に連れ込むと噂にだけ聞いていた。
 本当かどうか、知りたい。



「約束してくれ。
 今から、一言もしゃべらないこと。
 確認が済んだら、出て行ってくれ」
 俯いたままのヨウスに向かって、三人は頷いた。

 上着の紐を解いて、裾を掴んだ手が一旦止まる。
「…………」
 俯いたまま三人の視線を受けて、何かを覚悟したようだ。

 窓を背に、首から上着を抜いた。