異界との溝の近くには村があった。
 村というには小さな集落だ。
 溝が発生してすぐに魔物が襲ったのはこの村の人間だった。
 被害は、小さな集落ほど強く感じられる。

 補修作業が無事に終わったことを村長初め村人たちに伝えると、彼らは手を叩いて喜んだ。
 お礼にと振る舞われた食事で腹を満たし、宴会になだれ込む。

 ポポドスは逃げた。
 酒は苦手だ。



 外は夜風が涼しい。
 ブラブラと歩いていると、黒い影が建ち並ぶ村はずれに来ていた。
 影は、膝丈ほどの石だ。
 これが墓場なのだろう。

 一番隅の小さな墓が動いた。
「だれ?」
 幼い少女の声。
 小さな墓のそばに座っていたようだ。

「お墓まいりにきたの?」
「いや……。君は?」
「とーちゃんとね、かーちゃんのお墓よ」
 少女は小さな石の頭を撫でた。
「…………」

「とーちゃんとね、かーちゃんはね、お墓のしたの階段をおりていったんだって。
 でね、もう会えないんだって。
 でね、お墓のしたはね、お花がさかないんだって。
 だからね、いまね、にーちゃんがね、さがしにいってるんだよ」

 ポポドスは胸が詰まった。
 幼い少女の言葉が、その笑顔に釣り合わないから。
 まだ「死」を理解できないのだろう。

 今回の結界の綻びからは大量の魔物が吐き出された。
 ポポドスたちが派遣されるまで、どれだけの人が死んだのだろう。
 聞くところによると、祭りの最終日だったというのに。

「兄ちゃん、待ってるのか?」
「うん。イリのにーちゃんだよ」
「兄妹は二人か?」
「うん。イリとにーちゃんがきょうだいなの」

「兄ちゃん、元気か?」
「うん。イリのにーちゃん、やさしいよ」
「そうか。
 イリはいい子だな」
「イリ、いい子?」
「そうだ。いい子だ」

 少女の両親の墓のそばに座ってしばらく話していると、少年の大声がした。
「おい、あんた!」
 手足の細長い少年がポポドスを睨みつける。
 少女が立ち上がる。
「にーちゃん!」

「イリになにすんだ! イリ、こっち来い」
「にーちゃん、お花は?」
 釣りあがった兄の視線をもろともせず、少女が尋ねる。
「こっちに来いって」
 しかたなく少年が少女のもとに歩み寄り、背にかばって見せた。

 どうやらポポドスは、悪者と勘違いされているようだ。

「あっち行けよ。
 ちゃんと墓はすみっこに作ったじゃねぇか。
 まだモンクあんのかよ!」
 少女が兄の服の裾を掴んでお花はー、と訊ねるのに幼い兄はそれどころではない。

「文句を言いに来たわけじゃないんだ。
 たまたまここに来たんだ」
 正直に話すと、少年は素直に信じてくれたようだ。
「なんだ。早く言えよ」



「なぁ、墓を作る場所って、家によって決まってるのか?」
「テキトーだよ」
 少年は両親の墓石から砂を払い落とす。
 すぐにまた風が砂をかぶせるというのに、何度も払い落とす。

 その手が名残惜しそうに見えた。

「……父ちゃんたちは、祭りのときに死んだから、『ケガレ』たんだそうだ。
 だからオレたちも村のそとに住んでる」
「穢れ……」
 ポポドスは首をかしげた。
 このあたりの因習だろうか。
 祝日に血を流した者に禍が降りかかると聞いたことはあるが。



 話題を変えようと、ポポドスは少年の手元を見た。
「花はあったのか?」
「てっ、てめぇにカンケーねぇだろ!」

「にーちゃんお花はー?」
 ポポドスの言葉に誘われて、少女がまた兄を攻める。
 少年の両手には花は見当たらなかった。

 荒野に咲く花は極わずか。
 それも高価なもので、よほど金の余っているものでないと手にできないだろう。

「お花ー」
「ま、また今度な」
「……うん」
 少女は素直に諦めた。
 両手は寂しげに兄の手を握りしめる。

 握りしめる両手は小さい。
 握りしめられる両手はやせ細っている。
 この大地と同じくらいに。



「……花は、買うのか?」
「うん。商人がときどき持ってくる」
「よく枯れないな」
「ちゃんと干してあるよ。枯れるもんか。
 あんた頭ワルいな」

「…………………………。
 生花は見たことないのか?」
「なにそれ?」
「乾燥していない花だ。
 時期が来れば枯れてしまう、咲いてそのままの花」
「枯れるんじゃ意味ないじゃん」
「……うん」