院に戻ってきたポポドスを見て、師匠は太い腕で抱きついて喜んでくれた。
 骨の軋みが聞こえるくらい強く抱きしめられて、兄弟弟子たちが十数人も揃って助けれくれなければ粉々になっていたかもしれない。

 一度は辞めてしまった魔導士なので、また見習いからやり直しだ。
 兄弟子たちは記録更新にきたのかと笑ってくれた。
 涙が出そうだ。





「あー、師匠。
 西のルース導師ってご存知ですか?
 役士だそうですけど」
 早々に言いつけられた師匠の部屋の掃除をしながら、ポポドスは訊ねた。

「ルース役士?
 あぁ。もちろん、知ってるぞ」
 師匠はごみの山かと思えるなかから重要会議の書類を取り出した。
 机の引き出しの使い方ぐらい覚えてほしい。

「一時期は、あの南のアイザス役士と組んでいた方だ。
 今は二方とも指導に当たる立場でな、別々の支部にいらっしゃる」
 アイザス? あぁ、あのむっつりスケベね、とポポドスは心の中で思った。

 無口で無愛想で生真面目な叔父アイザスは父に似ている。
 父の従兄弟だといわれて、あぁなるほどそうだろうね、とうなずいたほどだ。
 それとくらべると、あのルース叔父は顔以外、似たところがない。

「それがどうかしたのか?」
「たまたまお会いしたので……」
「ほう。戻っていらしたのか。
 あの方はたしか、ミニア導師のお弟子だぞ」
「誰ですか?」
「知らんのか? 役士中の役士といわれた指揮官だ。
 これがまた美人でな」
 最後が重要だっただけのような気がして、その後の師匠の言葉は独り言として聞き流した。


   *   *


 ポポドスがその報せを聞くことができたのは、たまたま厨房にいたからだった。

 二十年近くも見習いをしていれば料理の腕も上がる。
 見習いたちにも上下関係が多少はあって、ポポドスは無駄にいる分ふんぞり返っていられる。
 たまに指示を出して切り盛りしていればすべてが片付く。

 ただし、仕切り人として注意しなければいけないことがある。
 何年見習いをやろうともまったく上達しないやつもいるのだ。
 ときどき見かける背の高いぼへーっとした男がいて、コイツが一番の要注意人物だ。
 側近の弟子だという噂だが、たぶんデマだろう。



 その日は、面倒臭い皮むきや腰の痛む水汲みは新入りに任せて、ポポドスは生みたての卵を割っていた。
 噂好きな修業生が、一緒に玉ねぎを剥いている仲間に新ネタを披露しているのが聞こえた。

「南で指揮官やってる役士がいてさ」
「ミマ役士だろ?」
「そうそう。美人の」
 ミマって美人なのか、とポポドスは初めて気づいた。

「指揮官ってほかのヤツより休み少ないじゃん?
 で、しかもミマ役士っていえば南じゃダントツの指揮官じゃん?」
「ザザーム先輩に聞かせるなよ、今の」
 そうかこいつら、あの追っかけザムの弟弟子たちか、と気づく。
 院の美人教師を追い掛け回して左遷されたのでそう呼ばれている。

「わかったわかった。
 でさ、最近、魔物が増えてて出動回数もスッゲ増えててさ……」
 声が小さくなった。
 ポポドスは思わず乗り出した。

「倒れたらしいぜ」

「え?」
 ぐしゃ。
「あ…………」
「あー……」
「……ありゃ?」
 ポポドスの手の中で、生卵が生のまま羽化していた。

「今のホントか?」
 ポポドスは生卵を手放して噂好きの修業生の肩を掴んだ。
 ぬちゃ、と音がしたが聞こえなかった。
「ま、マジです」

「いつ?」
「お、お、おれが聞いたの、今朝、です」
「誰から?」
「スドットってやつが……オレらの兄弟子なんですけど、な、仲間と、話してました」
「スドット……?」
 幾度となくポポドスの描いた魔方陣を消してくれたヤツだ。
 そうかおまえらあいつの弟弟子か……!

 腹いせというわけでもないが、ありがとな、といいつつポポドスは修業生の頭を撫でていった。
 生卵付きの手で。