実は、とルースの声が低くなる。
「わたしも息子も役士でな。
 おまえのことは息子から聞いたのだ」
 世間は狭い。
 嫌になるほどリーイ家は広がっているのだな、とポポドスは暗くなった。

「一足遅かったようだが、もう一度だけ、院に戻ってくれないか?」
「え?」
 そして、開花してほしい」
「……は?」
 意外な言葉にポポドスは叔父の顔をまじまじと見る。

「わたしたちは今、西の聖山脈から北の支部にいる。
 昔は皇帝の避暑地として栄えたが、今では衰退が激しい。
 特に……森林の伐採が深刻だ」
 ポポドスは自分の眉間に皺が寄るのがわかった。

「おまえも森林と聞けば思い出すだろう。
 東の大森林にある神殿を牛耳ろうと、心無い者が森を焼き払った。
 一部だけだったが、許されるはずがない。
 許すはずがない」

 痛みに泣き、怒りに叫んだ森の精霊たちはたちまち、その者たちを国ごと滅ぼした。
 ただ、自らを汚した者がいる国だからという理由で、一国が焼失した。

 それはまだ、そう遠い昔のことではない。
 その国は未だ、屋根も壁も繋ぎ合わせた布でできた家しかない。
 魔導士たちの救済の手すら、今も森に阻まれている。



「人々は寒さに凍えてしかたなく、木々を燃やしている。
 だが、行き過ぎればまた同じことが起きるだろう。

 かじかむ指先を温めるために木を切り倒し、森の精霊たちの制裁を受けるか。
 あるいは、指先が凍死するのを耐え、森の精霊たちの怒りを回避するか……」
 難しいところだ、とルースは呟く。

「…………それで、俺に何を……?」
「花を咲かせたいのだ」
「はな?」

「国の中央には街路樹が並べられている。
 花を咲かせなくなってずいぶん経つ。
 花が咲かないものだから、実も生らない。

「どうして花なんですか?」
「一本の木にひとつ花が咲き、実がひとつ生れば、一人の腹が膨れるだろう。
 今日死ぬ子どもが、明日までは生きられるかもしれない」
「…………」

 深刻なのは、ポポドスのいた砂漠だけではない。
 暑さに焼けつくものもいれば、寒さに凍りつくものもいる。
 水が飲みたいと天を仰ぐものもいれば、腹が空いたと泣くものもいる。

 月を見上げて今日を振り返るものもいれば、朝陽を臨むことはできるだろうかと泣くものもいる。

 夜には寝間着と温かいお茶が用意され、朝の洗顔には清潔な水が用意され、朝食は好みの物が出されることなど、少数の人間しか知ることができない。



「俺は……」
「開花しない───それが、魔導士を諦めた理由か?
 それとも……」
「無理です、俺には。
 召喚士としての素質が在るかもわからない」

 導師の肩書きを持つ者は皆、ポポドスに魔導士としての素質はあるといった。
 だが、どういう能力なのかは誰にもわからなかった。
 わからないものを放っておくことはできないが、開花もしない。
 だから封じた。

 両手首の黒い痣がその証拠だ。
 開花しない限り、生涯、戒められる。



「すぐにとは言わない。
 一度にではなくていい。
 一日一輪。
 一年に一本。
 咲かせることができれば、人の心もまた変わるかもしれないのだ。
 わたしたちは、それに賭けたい」
「………………」

 ルースは言わない。
 花は咲かず、実は生さず。
 水は濁り、土は痩せ。
 山は崩れ、国は乱れ。

 人の心も危ういのだと───口にするには現実に痛い。



「俺は……」
「第五位魔導士……。
 知識と、生命の助けとなることを誓わなければ、五位以上には上がれないはずだ」

 誓った。
 師に向かって、目の前に命があれば、それが果てるとわかっていても手を差し伸べると、誓った。

「俺は……」
「ポポドス。
 おまえの父は、おまえたちを置いて行ったかもしれない。
 だが、魔導士としてのおまえの父は、誓いに背かなかった」
「………………」

「彼は目の前で絶えようとしていた命に手を差し伸べたのだ。
 代わりにわが身が危険にさらされようとも。
 おまえたちを置いていこうとも。

 命がひとつ助かれば、また新たな命が生まれるかもしれないと、教わったからだ」

「──────……」
 ぐるりと、視界が回った。