「…………」
 ポポドスは、つい先ほどまで草むしりを手伝ってくれていた男を指差した。
「おじさま?」

「あら、ポポ。叔父さまを浴室にご案内して」
 長姉すら、ポポドスの疑問を無視してくれた。
「わたしは着替えを用意しますわ」
「おまえは良い嫁になるよ」
「叔父さまったら。言いつけますわよ」
「こりゃたまらん!」
 はははははは、と二人は笑った。

 ……どうやら男は、叔父だったようだ。

「知らなかったの?
 ルース叔父さまよ」
 姉はポポドスの皿にパンを取りながらいった。

 汚れを落として、三人でついた夕食の席。
 父は相変わらず執務室でひとり、パンを齧っているようだ。

「えぇと、ラスア大師の…………何にあたるんだったかな?」
 叔父は肉にかぶりつく前に首をかしげる。
「叔父さまったら……。
 大師のお孫でいらっしゃるんでしょう?」
 そうそう、とうなずいた叔父はやっと肉にかぶりつく。

「孫!」
「大師のご長男のご長男よ」
 ややこしいが、直系らしい。
 そう言えばどことなく砕けた感じが、曽祖父よりも叔父アイスのほうに似ている。

「わたしたちの曾祖母のご兄弟がラスア大師だから、直接ではないけれど、叔父さまであることに変わりはないわ」
「おぉ、愛しい姪よ。
 おまえのような姪がいることがわたしの幸せだ」
「叔父さまったら」
 うふふ、と長姉が笑う。

「…………」
 なんかついていけない、とポポドスは思った。



「それで叔父さま。今日はどうされましたの?」
「うん? あぁ。手間のかかる甥っ子が院を辞めたと聞いたのでな、失恋でもしたのかと思って様子を見にきたんだ」
 手間のかかる甥っ子呼ばわりもひどいが、失恋の話は止めてほしいと、ポポドスは席を立ちたくなった。

「もしやいじめにでも遭っていたのではと、アイス導師が心配していたが……」
「まぁ。アイス様にまでご心配いただいたんですか」
「…………!」
 もうあの叔父にまでバレたのか!

「この様子では違うようだな」
「ここにいても雑務に追われるだけなのに、この子ったら……」
「役士の任務も、半分が、書類書きか資料集めだからな」
 資料の山に囲まれて過ごした日々が思い出されて頭が痛い。
 何を食べても味がしない。

「それで、ポポ。
 本当はどうして、辞めたの?」
「え……?」
 姉の言葉に、頭が真っ白になる。



 どうしてだろう……?

 改めて聞かれると、わからなくなる。

 雑務に終われる日々への反抗。
 半人前でありながら役導士たちのなかにいるという苦痛。
 いざというとき、逃げるしかできない自分。
 ふとしたときに感じる、焦燥感。

 リーイ家の男という、重み。

 そのすべてが交じり合って、魔導士を、嫌った。
 ただ、それだけ……。



 両手首につけられた黒い痣が、手首を締めつけたような気がした。





 盛り上がる二人を置いて部屋に戻り、寝間着に着替える。
 部屋は相変わらず掃除が行き届き、朝の用意も準備万端。
 このなんでも揃っていますという感じが、帰ってきたという気が起きない理由の一つだ。
 宿屋じゃないんだからさ、とポポドスはいつも思う。

 大体、ポポドスの部屋がある屋敷だって個人のものではない。
 里の公共的施設だ。
 ポポドスは幼少時代、このバカでかい屋敷で育ったので、実家というものがない。
 悲しいことに……。



 扉を叩く音がして、はい、と答える。
「ポポ、起きているか?」
「はい」
 叔父ルースは細く開いた扉の向こうから顔だけを覗かせた。
「少しいいか?」
「……どうぞ」

 リーイ家は短身も特徴のひとつなのだが、ルースは意外と長身だ。
 院にいれば目立たないかもしれないが、里中では目立つ存在だろう。
 ポポドスが覚えていないということは、里外で生まれ育った人なのかもしれない。

「しばらくは、ここにいるのか?」
 露台の手すりにもたれかかって、ルースは言った。
「はぁ……。思いついたら出て行きます」
「リーイ家の男の性だな。ひとつ所には留まれない。

 結婚は考えていないのか?」
「相手がいません」
「そうか。わたしの娘はどうだ?」
「は?」
「今年で三歳になる」
「……ご遠慮します」
 何年待たされるのだろうか。

「息子もいるぞ」
「問題外です!」
 はははははは、とルースは笑った。